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February 2005

ジャンプ13号感想

今週のブリーチで驚いたのは、雛森さんがいまだに日番谷くんを疑っているんじゃないかっつーことでした。歩く凶器から抜け出してませんよ、彼女は!っていうかいいから日番谷の話を思い出してくれ。頼む。結界を抜け出せます、作れます、気づかれません、って、平素なら有能なんでしょうが、今の彼女は歩く迷惑行為になりかかっておりますよ?(迷惑先:大まかにいって日番谷くん)

でも日番谷も、1回雛森は脱走してるんだから懲りればいいのになあ。まあそれじゃ話が進まないか。

いちご100%ですが、ブラジャーを拾ってかばんに入れる真中は猛者ですなあ。しょーもないくらいに。しかし相変わらず頭ん中まっしろ気味に擬似えっち展開突入。次から次へと擬似えっちシーンのために繰り出されるしょーもないシチュエーションがなあ…さつきも最近ほんとこんなんばっかですな。高1の冬に真中とバイトしてたくらいの彼女が一番好きでした。

ワークワークは「やっぱこれタイトロープなのか」というのが第一の感想。つか、今回それに尽きますな。与えられた運命を数千年に渡って甘受する…って、封神といいそういう展開なのかなー。そういうの好きなんでしょうか。
ヨキ先生が当初、神様を見て震えていたのは、スプンタ・マンユを身につけたのが初めてだからってことなんですかね?

ミスフル。
塁さんが村中弟を評して「地区予選3回戦なんて場所での敗北は許されない」って言ってましたが、それ認識としては正しいんだけど、ミもフタもない言い方をすると、どこで負けていいわけじゃないし、どこで負けるなら許されるわけじゃない。じゃあ、予選の決勝なら負けたっていいんですか?それとも、甲子園でなら負けていいのか?負けるつもりでやって勝てるなんてない。
高校野球って容赦ないよね。負ければそこでおしまい。というか、村中の息子だから地区予選の早いところで負けられないなんて、実際にはそんなものなんにも関係ない。それはどのスポーツだってそうだけど。

武装錬金。
なんか「不条理」とかなんとか、キーワードひとつ作って繰り返すのが最近のこの漫画なのでしょうか。私としては漫画なのに毎週説教を聴かされている気がしましてあまりいい気持ちがしません…(とくにブラボーあたりがな)

お前を殺したら俺は後で死ぬつもりだからお前はここで死んでくれっていうのは、実は勝手なんじゃないかと思う。むしろ「俺が殺した命を背負って生きるから」とでも言ってくれたほうがまだマシだなあ個人的には。どっちにしたって殺されるのはイヤだから一緒ですけどね。
っていうかブラボー、「命を諦めてくれ」なんだよね。「俺が殺す」じゃないんだよね。死なせたくないのは分かる。でも貴方がやろうとしたのは、子供を殺すことなんです。今から自分が殺そうとしてる子供に向かって「命を諦めてくれ」って発言するのは、それはそれで逃げてるんじゃないすか?

いや、彼が過酷な状況にあることは分かってますけど。じゃあどうしろって言うんだって話になりますが。でも火渡の言うこともわからんでもない…あまり煮え切らないくらいならすっぱり割り切ってしまえと火渡は言うのですよね。

グレイマン:
吸血鬼編になって3回目くらいから話がさっぱり分からない…(汗)でもグレイマンは毎回そんな気がします(爆)

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大河ドラマ「義経」8回目感想

今回は「決別」ってことで。義経と清盛の訣別、常盤と義経の訣別。
常盤との別れのシーンは、母を恨んだこともありましたとか言ってたけど、そんなに悩んでたっけ?(困惑)つか、母が父の敵に身を任せたつーなら、清盛さんは母を寝取った男じゃないのか?父と思った相手が…っていうのはいいけど、なんか矛盾してませんか?

というわけで、たっきー義経(遮那王)のパートはいまいち感情移入できんのですが、今回おお、と思ったのは頼朝さん。「くねくねしている」と政子に言わせたあの裏声入ったしゃべりじゃなくて、マジ喋りっぽい台詞あり。でも、人(政子)相手になると、やっぱあの声なのね。さすが中井貴一。即座に声が切り替わってるよ、頼朝。

政子は憎まれ口を叩きながらも、頼朝の話を聞いてしまう。ここが京都、福原、伊豆、平泉…京都と伊豆はともかく(都と、いま自分がいるトコですから)福原と平泉を持ってくるあたり、頼朝の慧眼とゆー感じです。そういう話を真面目に聞いてしまう政子も、今は恋する猪突猛進ストーカーちっくだけど、もとは頭の回転のイイ女(だよね?そういう話のはずだ)。「流人の分際」でと憎まれ口ながら、この男ただものではない…とちょっと思ってる?

中井貴一やっぱいいなあ。この頼朝はどこまで本気でどこまでとぼけてる?って、演技のひとつひとつを見てしまいます。しかし、あんな立派そうな少年が、青年に達してこんなに変貌してる(ように見える)っていうのは、心の中はいかばかりなのでしょうかね。
弟さんが都でみんなに構われてるのを見ると頼朝の境遇って過酷です。

いっぽう平家の長男坊重盛さん。乗合事件+先週放映回の騒ぎ(いや、なんか乗合事件と別に作ってるようなので)で、武家の面目をというか平家の面目を保つために、自ら先頭に立って烏帽子を奪い返しに行ってますよ…なんて強引な人だ。ナレーション+凱旋のみで終わってましたが、実際やっても乱暴者にしか見えないかも(爆)

帰ってきて平家の皆さんで集まっていると、平和主義傾向の宗盛はひとりハブにされる。重盛VS宗盛(って直接対決ではないが)の相容れなさというか、宗盛の鬱屈が着々と積み上げられていくんですけど。それも、1回に3分くらいの超スローペースで(場面転換多いからね…)
こういうのこそ後で効いてくるんだよなあ。楽しみです。
しかし本当に淡々と積み上げられる伏線だなあ。

それにしても重盛の息子二人の不甲斐なさが絵的にハマりすぎておかしい。片割れが首相の息子だと思うと余計に…平家の跡取りにしてすでに重鎮の重盛の不甲斐ない息子が首相ジュニアってなんのブラックユーモアですか?

平家物語だと重盛は平家の良心・良識派だけど、今回清盛がイイ人な分なのか、怖い部分を背負い込んでおりますね。でも根は誠実な父親思いの息子で、無理もしている様子。誰も悪い人はいないのかもしれないが、悪いから滅びるというものでもないですよね。
でももうちょっと清盛さんはアクが強いところも欲しいなあ。
遮那王に「あなたは母を奪った」って思われたっていいのに。
清盛は遮那王に、夢を叶えるためには力が必要だ、と宣言する。強い父親、倒さなければいけない父親は清盛なのか?義朝の立場ありませんけどね。

でも遮那王には擬似父親がいっぱいいるから幸せじゃないですか。覚日さんだって破格の待遇で見守ってくれますよ。吉次も手伝ってくれるけど、今んとこ己の利権のためって感じですな。

さてさて、今回の弁慶は腹をすかせて京都に栄養補給に戻った様子。アホだなあ。でもこういう間抜けな話があるとキャラが立つので、もっとやってほしいです(いや、毎回栄養補給しろっていうんじゃなくて)

次回はようやく旅の空?郎党が出てくると遮那王の性格も変わってくるんじゃないかと思うので珍道中楽しみです。
夢を叶えるとか別の場所で見たいとか、そういうのはいまいち…言ってもいいんだけど、実際たいした苦労もしてない人なので、えーそーなの?って感じなもんで。

今あるものと違った理想を作りたいというほどには辛くも見えないし、そんなにヒドいものも見てないと思うんだよなあ。だからあんまり切実には思えません。むしろ、にーちゃんが壊れもせずに生きているので、あっちの方が気になります。
政子さんのことを頼朝が好きになるかどうか分からないけど、実際、北条になんか言われたら逆らえませんからな。

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マイトガインって弱い?


マイトガインって結構負けますな。びっくり。
…と、見ていると思います。ミフネ配下の剣豪ロボ相手に1回負けてリターンマッチ。ビトン話でも納豆ネタで1回負け。ショタ少年が登場した「よみがえる戦国武将」でも、ルンナ登場の「胡蝶の夢」でも、大ピンチで負けちゃうんじゃあってところで自爆のつもりで突っ込む思わぬ味方の登場で辛勝。(ルンナはその回のラストでも登場したあたり、死んでないけど)
舞人VSジョーでジョーが勝ってるのは設定上当然だと思うんですけどね。だってジョーは正規軍でエースパイロットだったわけだし、ジョーが負けてもそんな虚しい話はないわけで。だから舞人がジョーに押されるのは仕方ないにしても、舞人つかマイトガインって、実は結構負け気味なのね。最後に勝つからいいんでしょうが。

同じ土俵で話をするということで高松勇者三部作内で比較すると、ジェイデッカーは、そもそもそんなものすごい敵が常時出てくる話ではない。チーフテンは強かったですが、クライマックス級の戦いで一度敗北を喫するのは仕方ない話ですから。ジェイデッカーは警察のロボットという舞台設定上、出てくるのは犯罪者らしい犯罪者。ので、そもそもあんまり強い弱いを争う話ではなかったように思います。そもそも正義と悪ですらなく、心の話だったし。

そういえば「正義と悪」で一番印象に残る台詞は(正確じゃないんですが)「君は人間の心を正義と悪に分けられるのかね?(だからロボットでだって出来ない)」ってやつです。レジーナが言われたやつ。味方側が言うんじゃないだけに、実は一番正鵠を射手いるのではないかと思いました。

で、次のゴルドラン。これは敵方が複数に分散される(マイトガイン)のでも敵が一話完結単発キャラ(たまに連続性を持つ。これがジェイデッカー)なのでもなく、敵は前半と後半ではっきり一人ずつ単独の親玉がいる。ワルターとシリアス。ゴルドランのパワーバランスは実は分かりやすい話で、ゴルドラン側が合体したら圧勝。なので特にシリアスなどは、いかに合体させずその前に倒してしまうか、という点に腐心していたよーに思います。

敵が複数名いるか、毎回違う敵が出てくるか、シリーズ通してライバルキャラがいるか、高松監督は使えるパターンを3種類使ったわけですけど、マイトガインってこの中では(作中では)弱いほうなのか?と思います。だって舞人はジョーにだけ負けてるわけではなくて、意外といろんなところで苦戦してますんで。で、マイトガイン単独だと苦戦する、他のメンバーのサポートがあれば大丈夫さ!って話でもないんですよね。
ボンバーズとダイバーズが役立たずってんじゃなくて(なんて言い方をするかね)、たとえば「胡蝶の夢」ではボンバーズもダイバーズも関係ないところでマイトガインが苦戦して、マイトガインの実力とは関係ないところでルンナが味方してくれる。ジョーが乗ってるロボットは飛龍も轟龍も強力だから、実力が拮抗してるのがマイトガインであったりグレートマイトガインであったりするわけで、よってボンバーズもダイバーズもかなわない…のは納得できるのですが。(轟龍とはボンバーズ・ダイバーズもやりあってない?でも飛龍に勝てないのに轟龍に勝てるわけないわな)

なんでだろう?と思うと、「マイトガインは舞人の話」だからなんでしょうな。言ってしまうと。舞人が苦戦することと、舞人が勝つことを目的にしたお話だから、舞人が負けて、なおかつその相手に舞人が勝たなくちゃいけない。強力にそのような構成になっているなあ…と、マイトガインとその後の高松勇者シリーズを比べて思いました。

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AT-Xでダ・ガーンを見る


ダ・ガーン1話から見ています。勇者を集めておりますが、以前AT-Xで見たときは途中からだったんで、やっぱり最初から見てよかったです。だってセイバーズ途中から空気じゃないですか!最初から見ないとわかんないよ!

…すいません、とりたててピックアップされたところを見たことがなかったもので、そうかこの人たちを最初に集めたんだよねえ、と思ってしまった次第です。(そんなこと言ったらランダーズもいままさに集めているところを見てるんですけど)

というか途中から見たのでレッドロン様が昔あんな人だったのも知らなかったんですけど。面白いお人だ…ヘンな美的感覚をお持ちなあたり。そういえば勇者の石探しってノリとしてはゴルドランはダ・ガーンと同じ系統なんですね。でも次回予告を見るとレッドロン様出撃される模様。あんな楽しい人なのにいなくなってしまうのでしょうか(復活するのは見たけど違う人になっていたよ)寂しいです。

ゴルドランと言えば今日放映の「王様のブランチ」で萌え系書籍について特集されていたのですが(「もえたん」とか)、BGMがゴルドランでした。CM後はBGMも変わったのですが、CM前はゴルドランのBGM連続使用。確かに萌えるかもなあ、とかうっかり考えてしまいましたよ!(え、違う?)

マイトガインなんかは基本的にどこを切ってもどこから見ても、な面白さだと思うのですが、ダ・ガーンは続けてみるとじわじわ効いてくる様な面白さなのですね。どちらも別の方向性で面白いものだと思います。

星史がイギリスに逃避しにいっちゃう話の録画分を今日見ましたが(これでとりあえず8人勇者が揃いました)星史の言ってることがいかにも子供なのですよね。そんなねー、秘密の隊長さんをやってて疲れて居眠りしてたら怒られるし、宿題はいっぱいあるし、誰もオレの苦労なんかわからないんだ!って愚痴る星史くん。そんなこと言っても、実はたかが宿題だったりするし、授業中に居眠りしてれば怒られて当然なわけで、「どんなにつらくても愚痴を言わない」とかそんな深刻なハナシではないと思うのですよ(笑)

で、このあとちゃんと隊長をやるぜ!って言っても、やっぱり星史は子供なわけです。そんな本質的に変わってるわけでも、超真面目に事態を受け止めているわけでもない。むしろ、深刻になってないからこそ、地球を守る隊長だぜ!って言ってられるわけで。

でもダ・ガーンというアニメは、一年間の放映を通じて、そんなふうに普通の子供だった星史が成長するお話なのだと思います。先に見ちゃったけど、クライマックスになり、お父さんを助けられなくて、もう隊長なんか出来ないと逃げる星史。だけど彼はもう一度立ち向かう。今度こそ本気で、守りたいと思うものを守ろうとして。

それは少年の成長というドラマとしては本当にクラシカルな基調なんですけど、星史を「そのへんの普通の少年」をして描いてきたからこそ成り立つものなのだなあ、と改めて思いました。うーん、ほんとに堅実な作品だし、「子供」という存在に向き合って作られている作品なのですね。

後半で一番インパクト強いのって山本ピンクの正体が発覚してひかるがショックを受ける場面なんですけど、そーゆーふーに、日常生活をちゃんとこまごまと描写してきたからこそ、非常事態になった時にものすごくショックを受ける、という感情の機微が無理なく描かれている。ダ・ガーンという作品の持ち味はそういうところにあるのだなあと思いました。

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モンキーターン最終巻(30巻)加筆について(後)

さて、波多野と青島の別れがまがりなりにも描き足された一方で削除されたのが澄パート。亜紀さんに「どうするの?波多野くんを許してあげる?」と聞かれて、「ええ…でも…」だったのが、「…」に変更。「ええ、でも」何?と思っておりまして、なんか追加されるのかと思ったら、削除されておりました。
で、連載版の波多野・青島別れのシーンにあった波多野のモノローグが消えてますがな。えっとコミックスのみお持ちの方Orそこまで比べてないっすよな方、青島さんの「そうか…きっといつも波多野くんが」の次の波多野の横顔のコマ、連載版では「いつの間にか、忘れてた。いつも、澄に守られながら走っていたことを」とゆーモノローグがありました。それがコミックス収録にあたりざっくり消されております。もともと「澄に守られながら」が唐突だったから消したのかな。なら「見守られながら」とかに変えてもいいんじゃ、と思いましたが、コミックスって台詞を追加するという感じで書き直すという感じではないですよね。

というか巻末4コマのぶっちゃけぶりを見ると、澄の扱いがなんか可哀想になってきました。だって、澄の内面って結局描かれなかったし。最後許してくれるでしょうが、なんか1回くらい出てきたっていいじゃないですかと思うし。澄の台詞を削除して青島と波多野まわりを強化するって、そーゆー扱いのヒロインなの?っていうか、ヒロインをそんな扱いにしておいて、「作者本人が迷ってたからな」とか巻末で暴露してしまって、ぶっちゃけ澄より青島のほうが描いていて楽しいと言ってしまって、お気に入りランキングは1位青島、澄は「10位ぐらい」。ぐらいってなんですかぐらいって!言葉のはしばしがぞんざいに思えてしまいますよ?!

私は本誌でこの展開を見ていたとき、「いや、これは澄でしょ」とは最初から思っておりました。だって少年誌というのはそういうものだと思ったから。最初青島に行くように見えたのは、ドラマの定番として、最初くっつくに見えた方はフェイクだよーんという感じで。と、思っていたわけです。
そー思うと、「フェイクにしてはぞんざいな展開だなあ」と当時思えました。波多野は澄を振ったようにしか見えないのに、ヨリを戻すつもりもあったなら、なんじゃその誠意のない態度は!オマエは仮にも彼女を何ヶ月も放置なのか!
と。

でも、もしかして途中までは青島さんに行くつもりもあった…のですか?
波多野の迷いは、河合先生の迷いだったとゆうこと?
それにしても「保奈美と一緒だから澄ちゃんより青島のほうが描いてて面白い」って言ってしまって、本編での澄ちゃんは待ってるだけ・逡巡も見えず・最後はお約束で「憲ちゃんが好き」って、なんかそれも気の毒な。

なんともびっくりな最終巻でした。

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モンキーターン最終巻(30巻)加筆について(前)

波多野「ゴメン!オレは澄の待ってる丘の上へ、もどらなくちゃいけない」
青島「………」
波多野「ゴメンよ、青島…オマエに幸せになってもらいたかった。だけどオレには、それが、できなかった…」
青島「ううん、いいのよ。波多野くん。こうなることは覚悟していた。…波多野くん、ひとつだけ聞いておきたいの…私のこと好きって言ってくれたのは…私が父を早く亡くして、苦労していたから?」

サンデー連載版では上のよーな台詞でした。
思いっきりコミックスでは増えていますねえ。すごいよ波多野がマジで謝ってるよ!(なんだと思ってるんだか)

つーかその前にTURN374のタイトルが変更になってます。「全部、オレが悪いんです。」⇒「全日本選手権(ダービー)が終わったら…」
波多野がこのとき澄の母親にこう言って謝ったのがタイトルの元台詞でしたよね?(すいません、サンデー手元にないんで書き出せない)

澄母への「全部オレが悪いんです」が、当事者青島への「ぜんぶ、オレが悪いんだ」になったわけですな。コミックス加筆の波多野の台詞「おまえにも澄にもいい顔しようとして、結局、二人とも傷つけることになってしまった。ぜんぶ、オレが悪いんだ」
すごいなあ。連載のときこんなに謙虚な波多野くんがいたでしょーか。いや、ない(ベタに反語)最初からこう言っていたら、違ったんじゃないかな、印象が。

半端な気持ちで勢いで応えちゃったことが相手を余計傷つけた。波多野はそのことを心底悪いと思っていて、相手にちゃんと詫びている。そう、波多野が「全部俺が悪い」と言うべき相手は、なんたって澄と青島です。まあ、澄に「全部俺が悪い」というのは、別に最初からそのとおりっちゃそうなので(だって澄側にはとりたてて理由はないし)、青島に言うところなのかも。
澄母のときは、条件が違いますからね。波多野は澄を振ったと思われていた。澄にも読者にも。それで話すことがないから合わないのはまあしょーがない。それまでがTURN374の前提条件。でもその回で波多野は澄の母親に向かって、結局、まだ迷ってるから決めたらまた来ます、とのたまったわけです。ちょっと待てお前振ったわけじゃなかったのか!迷ってるからまた来ますって、澄の気持ちとか考えてます?それでなにが全部悪いだ!なんにも悪いと思ってないだろもしかして?!だいたいソルヴェークが可哀想って澄をそこにひっかけて何様だおまえは?!

…と、そのように当時はヒートアップしたわけですが。波多野のやってることは連載版と変わらないんですけど。でも違うのは、読んでる側の情報量かもしれません。一度に読む情報量が少ない連載版は、前の話と今回の話をつなげてああでもないこうでもないと考えちゃったりする。次の話を読むまでにまた、次以降はこうじゃないかと思い悩んだりする。同じ話を何度も見て次の話を予想すると、やおら細部にこだわりがちになり、いちいち細かいところでここが駄目あそこの表情が気に食わない、と思ってしまう。
そーゆー作用があるかもしれません。

うーん、でもタイトルごと変えて(次も違うし、そういう意味ではタイトルは変わるけど)「全部、オレが悪いんです。」を言う相手をちゃんと当事者にした、というのは、波多野の変化の表れかもしれないと思いました。
ちゃんと青島に向き合って別れようとしている。
まあそれでも波多野の行動は相手に対してタイムラグがありすぎるんですけどね。

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H2 第七話見てみました

http://www.tbs.co.jp/H2/inter_02.html
これとか雑誌とか見ると、石原さとみ嬢、かなり春華に肩入れというか、ひかりにおカンムリな模様。英雄がいるんだからひかりはもっと自分に厳しくしなきゃ駄目だ!とか。

うーん、かわいい。なんてかわいい発言だ!(感動)
でも個人的にはひかり派(くっついて欲しいと思っているわけではありません。むしろそうじゃないからいいというか)。原作の春華はかわいそうだけど、ドラマの春華はどうも好きになれません。天然ボケって実写にすると端的に痛いよ。今週の洗濯ばさみはかわいかったですが。しかし今回の春華はすごい感情の起伏でしたね。ロー⇒ハイ⇒ロー⇒さらに落ちる、みたいな。

ラストシーン、なんか原作のほうがはるかは可哀想だったなあ。原作はなんてかわいそうだったんだとあだちテクニックに改めて感動しました。せつなー。
表情を見せないところが、余計可哀想なんですよね。ああ、どんな思いでいるんだろう、って。そうは言いつつ、ドラマでそーゆーわけにはいかないんでしょうけど。

でもなんか近すぎるよーな気がします。はるか―ひかり・比呂の距離が。あれじゃあ、あとで見てたってバレバレにならんか?

試合展開じたいははしょってるからしょーがないんでしょうけど、素直に木根を出せや無能監督め、とかちょっと思いました。いや、木根にいきなり投げろっても無理だけど、なーーーーんもフォローせずにそのまんま負け。どこの無能ですかそりゃ。
(今回終わらなきゃいけないという制約だからしょうがないんだろうけど)
でも負けたときの山田=ひろの表情の呆然っぷりはいいなあ。

時に、さとみ嬢ははっきりさせたいお年頃なんでしょーが(なにその言い方)、あの曖昧さがH2の魅力だと思うのですが。ああいうラストだからこそ、いろいろ想像できていいんじゃないかなー。来週のサンデーであだち先生と対談予定だそうで、何を言い出すのかちょっと楽しみです(笑)

んーでもあだち漫画っていうと南については映画のパンフで「悪い女なのかな?」みゆきのときはヒロインの子が「みゆきの気持ちがわからない」とかなにかで言ってたよーな気がするのでするのですが、そんなマジに女の子キャラを応援する意見は結構初めて見ました。

昔読んでたときはヒデちゃんってひかりのことああゆう扱いでいいわけ?と思っておりましたが(比呂にかんたんにまかせちゃうところが、いいのかな~と)今思い直すに、ヒデちゃんって男はかくあれかし、みたいな人ですよね。弱音吐いたり出来ないのか。俺じゃあ駄目なんだな、みたいなことは言えない人なのね。
でもそれってひかりも同じで、ひかりは英雄に本音(というか地)を隠すところがある。似たもの同士だなあ。
似たもの同士だからうまくいかないところもあるんでしょうが。

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サンデー感想13号(ちょっと短め)

さてサンデー感想を先に行ってしまいます。
ジャ○おじさんの次は燻製かよ黒やん…この漫画はすでに黒柳リアクションそのものが面白さに直結しているよーな気がしますが、でもそろそろ飽きてきたんですけど(爆)しかしその黒柳さんに対するやくざさん&堤さんの反応が大概間違っています。お父様は「審査の世界までこのような厳しさ…!」で、堤さんは「今のとんでもないリアクションといいタダ者ではない!」
お父様のアレは認識が間違ってるよーな気がするんですが、堤さんもナンか違うよ。黒柳の審査の手腕とリアクションのありえなさは「タダ者ではない」方向性のベクトルが違うと思うんですが。でもマジでやってるところがこの漫画のギャグなのかなあ。というかこれは一応パン漫画なのではなかったのか、という疑問はどのへんで捨ててしまえばいいのでしょうか。

ハヤテのごとく!…
そういえば近所でコミックスを見かけません(1巻)
ところでハヤテが頭にかぶってるのが耳に見えたあたり、私の目はなんか間違ってるのかもしれません。「もしかしてこの漫画で一番かわいいのはハヤテなのか?」と余計なことを考えているせいなのか。
そういえば伊澄ちゃんまだ帰っておらなかったのですね。つかこの漫画、一日いちにちをやたら丁寧に追っていますよね。なんだろ。
そろそろどんなベタなネタが来ても方向性が見えなくなっても気にしなくなりましたが、面白いと思うんだけどなあこの漫画。ちなみに私のお気に入りはマリアさんです。かわいいのはハヤテだと思うけど、好きなのはマリアさん。ああそうなんですか、とすべてを落ち着いて受け流しているように見えつつ、先だってのビリヤードのときに見せた不敵な笑顔のように、ちょっと隠した地を持っていそうなところが素敵。

いでじゅう!…
なんか相変わらず微笑ましい人たちです。部のみんなに言おう!とか、桃里の言葉のひとつひとつにさまよってる林田とか。中山ちゃんは本当にエラい子ですな今週などを見ると改めて。

東遊記…
ま、まさか変貌で1週まるごと使うとは思わなかったっす。(それで終わってしまったとも…)

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モンキーターン 30巻

「モンキーターン」の30巻(最終巻)が出ました。今日ようやく購入。さて、なんか直ってるかなー?と思いましたが、波多野と青島の別れの場面は思いっきり変わっておりました。

私個人の感想を先に言ってしまいますと、この流れならこれでいいんじゃ…という印象。
うん、サンデーにコレが載ってたらあんな毎週毎週飽きずに「ざけんな波多野バーロー!お前なんかダンプで再起不能でいいよ!」とか、「こんな主人公ならこの世から消えていい」とか、「波多野は自分に酔ってるだけのサイテー男だ」とか、「こんなヤツいちごの真中以下」とか言ってなかったんじゃないでしょうか…

上のは一部表現を変えてありますがいろんな時期の感想をログから拾ってきました。文章はこのとおりではないですが、まあこんな意味でした。今見るとすごい言い様(爆)

すいませんでした。
波多野はずいぶんまともな青年に変わっておりました。
コミックス版の波多野については、あのよーな罵倒はいたしません。
でも週刊で読んでたときはそー思っちゃったもんで、すいません…


それにしても、ちょっとページを差し込むだけでずいぶん印象が違うのですね。なんか感動。波多野の言ってることはそんなにおかしくないし(よい方向に変更されております)、コミックスでまとめて読むと、本誌で気になったところまでそんなに気にならない。

やっぱ「この号の展開がこうだったから、次回はこうに違いない!波多野の思考はAかBか?」とか、週刊誌に載ってるもともと少ない情報量の漫画から展開を予想したりしないですから。で、「今週の内容を見ると波多野の思考はやっぱりAで、だとすると○週前の波多野の行動はこういう意味?なんじゃそりゃ」とか思ったりしないですから。そのよーにテンション上がってる状態ですと、いっこいっこが気になってつまらんことまでツッコミを入れたりするもんで。

今回は、波多野ひっでー、というマイナスの感情でもって盛り上がってしまったわけで、その節はテンション高い感想書いていましたが、ある意味これって週刊連載漫画の醍醐味かもしれません。いや、今回は、悪い方向で我ながら盛り上がってしまったんですけど。うっわーこの展開どうなるんだ!このコマを見ると、この台詞はそのまま受け取っていいわけじゃないよね?とか、え、このあと主人公どうなっちゃうの?とか、そういうので、次回への期待も込めてああでもないこうでもないと思ったり感想言ってみたり、それは週刊で載ってるからだと思うわけです。
(同じ週刊でも、まとめて読んだほうが面白いものもあると思いますが)

というわけで次回から、余計なこととは思いながら改稿個所に思いを馳せてみようと思います。
だって、直したところを見てると、波多野&青島まわりで、澄についてはあったかもしれないものすらスルーされてるんですもん。波多野の発言がフォローされて、青島の描写が増えた分、澄の内面の葛藤は全く描かれないまま。「ええ、でも」はなかったことになりました。

このあたりの展開についてはメールやはがきで非難が殺到、と巻末4コマでぶっちゃけておられましたが、その結果改稿されたというか、作家さんご本人がこれじゃイカンと思って修正されたのでしょうが、あ、そうかここを直すと変わるんだーと素直に感動したので、備忘録がわりにしてしまおうと思います。

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大河ドラマ「義経」7回目感想


今回の「義経」。
このドラマ、なんとなく見てるうちに終わってしまいます。いいんだか悪いのかよくわからない…もうちょっと進まないかしら、と思ってるうちに、次回予告になってしまうというか。

さて今回はラストに弁慶来ましたー!家来と名乗らせてくださればそれでよろしい、って結構大笑いなんすけど。マツケン弁慶面白い…義経が落とした笛を拾ってくれば好感度が上がるのにね。(拾えるわけないと思うけど)

で、話としては義経福原行き・鎌倉パートおよび平家一門イベント…なんすけど、遮那王はひたすら懲りないなあ。お前さんがひょこひょこ街に下りてくるから騒ぎになってるとゆーのに、何度も昼間っから来るんだもんなあ。先週はさすがにちょっと自粛したようですが、この人は立場を読めないのか?(読めないんだけど、最終的には)
でも立場を読めないのか話がいまいちなのかどっちなのかよく分かりません…降りてこなきゃ話にならん、のかもしれないけど。

その遮那王が平泉を目指す場面、え、そんなモン?いや、目指すのはそーゆー話だから、どんな理由でも構わないんですけど。どうも遮那王がどこをどうしたいのか、よくわかりません。自分でもなにをしたいのか分からない状態ではあるんだろうけど。いや、どんな理由でも別に奥州に行くのは決まってるんですけど、もうちょっと丁寧にならんかなあとは思ってしまいます。局地的に平泉がいい場所で、自分だけそこに行ったからってどうなるんだよ…いいところに行きたいの?自分がそういうものを作りたいの?ためしに見てみたいの?世の中を知りたいの?世の中を知らないって言ったって、ほんとは鞍馬のお寺からだって出ちゃイカンのでしょ。そりゃ主役がずーっとお寺にいるんじゃ話にはならんけど、与えられた状況下、かなり好き放題ふらふらしてるって感じがするので、なんか今の遮那王はなんでしょ?と思います。

悩んでるところだろうし、子供だからなにをしたいと決まってるわけじゃなし、いろんなものを見たいってことなんでしょうけど。

でもまあ、自分が勝手に奥州とか行っちゃったらこれ以上に騒ぎが巨大になるって発想がまったくない遮那王は、やっぱり自分の立場というものをまったく読めない人なんだろうなあ。そういう意味では、これ以降につながっていくのかなと思います。

さて一方の伊豆にいるお兄様。この人も韜晦なんだか本気でくねくねなんだか、見ていて悩んでしまいます。というか、「多分韜晦だよね?!」と思ってるんですけど、本気でくねくねしてるだけの人なんじゃ?と思わせてしまう中井貴一恐るべし。どこの誰といてもくねくねだから、この人の本気がどこにあるのか今のところわかんないのがすごい。もしかしてずっとこのまんまだったらどうしましょ(それはそれで斬新だなあ)

自分を監視してる北条から婿に来いと言われたら断れない。己の立場というものを諦めきったお兄様サイドは、ほわほわして分かってない弟君と対照的。それにしても、政子の夢のなかの頼朝は面白すぎます。あんなんでいいのか、頼朝…(本人じゃないけどね)

そんでもうひとつ、平家サイド。福原遷都が腹にある清盛は、法皇様を福原に呼んでみる。腹の探りあい的な展開。そして都では、重盛の息子二人が往来で騒ぎを起こしてくる。公家の連中にメンツを潰されてキレる重盛。普段は静かなのにブチ切れると物に八つ当たりしてものすごくコワくなるあたり、清盛と重盛は親子だ。でも重盛さんの息子はへなちょこ気味(言いすぎです)お公家さん然とした息子ズ、ヘンに似合ってていいなあ。

平家は今回時子さまなど一休みですが、あんまりざかざか出てくると誰が誰やら、になってしまいかねないので、こんな感じがいいなあ。次回重盛の逆襲?

というわけで次回は、予告を見ると遮那王と清盛の対面。常盤との別れ。遮那王としては転機で、これ以降話が大きく動いていくようで楽しみです。

遮那王は、自分の根っこというものが分からない。よくわからない親戚のおじさん(行家)が持ってきた系図は、遮那王の自我の確立にはいまんとこ寄与してないような…よくわからないおじさんよりは、昔遊んでもらった清盛さま。そういう話なんだろうなあと思って見ているのですが。


話変わって吉川「新平家物語」、いい機会だし読もうかと思ったら16冊なんですね…ちょっとそれは古本屋でまとめて購入したい気分です。

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ダ・ガーン初回で感動してみる~それからダグオンの設定について

ダ・ガーンがAT-Xで再放映となりましたので録画。初回を見ました。
前にやった時は20話前後からしか見てないのでこれでやっと全部見られますです。
というわけで、初回。勇者シリーズの初回というのは、主人公がロボットに出会って…から始まるわけで、展開としては一種定番なんですけど、ダ・ガーンの初回って人物紹介がものすごく巧みなんですね。なんの説明台詞らしい台詞もないのに、主人公・星史の家族構成とか性格とかそういうのが全部画面を見てドラマを見ているだけで分かる。
共働きで一人でご飯を作っていて、テレビをつけるとお母さんはニュースキャスター。お父さんは防衛軍の大佐。隣にはひかるちゃんが住んでいて世話焼きしっかり系統。
さらに学校に行くと、ニュースを見ている級友たちが「なんで(高杉母なのに苗字が)坂本なんだ?」「結婚前の姓を使ってる」って、説明っぽいのはこれだけど、こんなの説明ネームじゃありませんよ!台詞の中で無理なく設定を説明している!素晴らしいなあこの脚本…初回脚本、設定紹介、なんて無理がなくてテクニカルな。
一方でダグオンを見る。

というわけで、AT-X放映中のダグオンも見ました。ダグオンは本放映時に見ていて途中からビデオ録画もしていたので今回は録画してないんですが。途中から、なんですが、初回を見たのですよ。すごくどうでもいい設定と脚本で、しばらく見なくなりました(爆)確かライアンが出てきてまじめに録画を始めたよーな覚えがあります。
今日再放送やってた中に「復活の白い翼」がありまして、ファイヤージャンボ復活の話。作画監督が柳沢テツヤ氏で、この人途中からあからさまに自分の絵に持っていきますよね(笑)いや、悪太ファンの私としては、柳沢氏にありがとうと言いこそすれ嫌がるいわれなどどこにもないのですが。
作画はもー柳沢絵バリバリなわけですが、話はいったいなんなんだよ!久々に登場したブレイブ星人とやらが「自分たちの星は自分たちで守るモンだ」とか言って、ファイヤージャンボの修理だけして帰っていきやがりましたよ!

いやあ、すんげーどーでもいい設定ですね。まるで殴り書きしたような適当なオハナシです。この話じたいは5人の勇者高校生(その後仲間が加入)を戦隊モノっぽく演出+勇者シリーズらしくロボットアクション、という設定から生まれているわけですが、物語を演出するにあたっての枝葉末節の設定はとんでもなくどうでもいいです。

少年が勇者(ロボット)に出会うとき、偶然か必然であるか、両方考えられますが、たまたまなんのへんてつもない子供がある日突然ロボットと友達に!ってゆーのは勿論意義があります。それは、どこの子でもいい=テレビを見ている子供が感情移入できる、とゆーことです。で、最初は偶然だったかもしれないけど、普通の子が、ロボットとの交流と、敵との戦いを通じて成長する。最初は誰でもよかったのかもしれないけど、最後には、その子は己に強引に付与された使命を果たせるくらいに成長する。

さてダグオンは偶然系です。
突然現れてそのへんの高校生を現地採用する宇宙警察機構。宇宙警察機構は、いきなり現地で高校生を採用しておいて、その後長らく放置。途中ちょこちょこ出てくるも、いきなり「お前らの星はお前らで守ることに意義があるんだよ」とか理由付けて、全面的に協力したりはしない。なんていい加減な。こんな組織があるかーい!!

…そう、ダグオンの設定のいい加減さは、「ちゃんとした名前がついた組織があるのに、全部現地採用の高校生に丸投げする」ところにあるわけです。

いやいや、でもこれは高校生勇者が活躍する話なんだから、宇宙警察機構は出てきちゃ困るわけですよ。というわけで、出てこない理由をいちおう考えてみる。これは設定上の手続きです。その手続きが「お前らの星はお前らで守ってこそ価値がある」
って…
そんな適当な理由ならいらねーよ、と思いました(笑)なんのために警察なんだー!お前ら職務放棄じゃねーですか!どうせ出てこないならもっと、もっともらしい理由をつけろよ!宇宙警察カイザーズだって宇宙警備隊だって現地来たじゃないすか!なんなんだ宇宙警察機構。

いや、ダ・ガーンにもダグオンにもそれぞれいいところはあると思うのですが、それにしてもダグオンの設定の心底からのどーでもよさっていったい…と改めて思ってしまいました。
そういえばダグオンの仲間内でのパワーバランスってものすごいですな。エン一人勝ち。「復活の白い翼」で、ファイヤーエンを始末すればあとはどうとでもなる、といわれてましたが、まったくそのとおりです。
まあそれをいったらマイトガインも舞人が乗ってるヤツだけ強いんですけどね。ボンバーとダイバーズの扱いは時折泣けてきます。

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「太平記」を見て思ってしまったこと


スカパーで「太平記」6話を見ました。今回初めてっす。本放送は見てなかったので、正真正銘初めて鑑賞。うっわー、すんげー面白いんですけど。びっくり。

なに、ちょっと前は大河ドラマってこうだったんですか?えー?!(って前も見てたけどこれは見てなくて)
…とか言っちゃイカンのですが。でも「え、昔はこうだったの?」と一番思ったのは、楠木正成=武田鉄也が戦は駄目だと語る場面でした。正成が戦はイカンと身内に語りきかせるわけですよ(まだ序盤)泥足で踏み込まれたら後できれいにすればいいし、商売やってるところに割り込まれたら違うところでやればいい。そーゆー思考回路でもって、戦をやっても作物はとれないしなんにもならん、というわけです。

おお、素晴らしい。と感動しました。というのはですね、ここ数年の大河ドラマというのは多かれ少なかれ「戦はイカン」と言い出す人が多いわけです。そりゃ、戦はイカンですよ。決まってます。でも大河ドラマの舞台になりそうな時代というのは根本的に動乱期で、しかも現代の日本の価値観とはまったく違う世界で生きている人々なわけです。そのような人々が、まるで現代に生きている人の価値観でもって「戦はイカン」と語り出す。

そういうことは鎌倉武士は言わないだろう、とは時宗を見ていたお友達の感想でしたが、別に昔の人が戦はイカンと言ってもいいと思うのですよ。つか、昔も今も思うでしょう。でも、その時代の人が思いそうな価値観で言って欲しいわけです。歴史ドラマなので、所詮虚構ではあるわけですが、いちおう○○時代だったりするわけですから。

で、今日ふいっと見てみた(というか見ようと思って見逃していたので偶然ではないのですが)むかしの大河ドラマにも「戦はイカンよ」と言い出す人が出てくる。でもそれは、その時代とその土地で住んでいる人の発想として、そんなことしなくていいんだよ、と言っているわけです。ちなみに正成=武田鉄也はその後、「世の中はゆっくり変わっていく。世の中はよくなっていくだろうけど、それはゆっくり変わっていくものだ。だから大事なのはずっと生き抜いていくことだ」というふうにも語ります。あーこの人はすごく立派な考えの人だなあと感じ入ってしまいました。

カンタンに分かりやすく「戦のない世の中を」とか「戦いは避ける」とか、ソレだけ言うのではないのです。戦いたくないのにはちゃんと理路整然とした真っ当な理由があって、それでも世の中がよいほうに変わっていく希望を忘れていない人なのです。

なんで最近の大河ドラマって、とりあえずなんでもいいからってノリにすら思えるくらい「戦はイカン」とか言わせるのかなあ。なんか最近のNHKはそういう方針なんですか?とか疑ってしまいました。それも、これこれこーゆー理由があって戦を回避したいとかゆーんじゃなくて、「戦はイカン」って本人が個人的な思想として思ってるのが理由。そんなのその時代の人間がほんとに言うのか?言ったっていいけど、ちゃんと裏づけがドラマであるの?ただ、「戦はやめよう」って先に口で言って、それだけになってない?!

そういえば近いところだとジェームズ大河三本目の「葵 徳川三代」も、いくさは嫌でございますって言う人が出てきましたが、そりゃー、この戦争で自分の姉が死ぬかもしれなくて、しかもそこには自分の娘が嫁に行ってて、なおかつその戦争を積極的に仕掛けるのが自分の旦那さんの実の父親ですからねえ。その条件ならば、「こんないくさなど無益な」とも言うというもので。そういうのはおかしくないと思うんですよ。

もしかして最近の大河ドラマはわかりやすく「戦争反対・武力行使反対」を訴えているんでしょうか(ものすごい邪推)なにかのテーマを一貫して訴えること自体は構わないんですが、ならその時代の即した事情でもって戦争の無益さを訴えるなりして欲しいなあと思います。だって成人式の青年の主張じゃないのよ?ドラマなんすよ?歴史モノなんですよ?

いや、前提が邪推ですけどね。失礼しました。


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舞人の正義とジョーの変化


「愛の翼に勇気を込めて、まわせ正義の大車輪!勇者特急マイトカイザー!ご期待通りにただ今到着!」

という舞人の名乗り文句マイトカイザーバージョン、ジョーが聞いてたのは「マイトカイザー」という固体識別に必要な名前だけだったようです。ま、後はなんでもいいわな(笑)
というわけでちばテレビの再放送で見た時はこのあたりから見たのですが(「勇者特急調査指令」からだけど)その時はジョーさんについて、

1.ハンドルでロボットを運転するオモシロい人
2.地球の危機を目の前にして舞人にガチンコ勝負を挑む場を読めない困った人

という認識でした。ハンドル操作は考えてみたらウォルフガングの趣味ですか?地球の危機を目の前にしても勝負したがるのはいつ見ても困った人ですが、前から見てるとジョーはそんな人かもしんない。結構ジャマされてますからね、舞人との勝負。あそこで「なんだと!わかった」と引くのも間抜けかもしれない。ほら、舞人の発言をあまりマジに受け取ってなかったのかもしれないし。とか思いながらもういっぺんGマイトガイン初登場の回を見ましたが、やはりジョーの行動には眩暈がしました(苦笑)
いや、こっちは隕石が~とか知ってるから「なにこの人」なんだけど、ジョーにしてみれば、舞人が逃げたようにしか見えないから、舞人を見つけて再度バトルをっていうのは分かるんですけど。そのために舞人もちゃんと、事情をかいつまんで分かりやすく説明しておりますしね。
でも、舞人がちゃんと事情を話した後の対応はやっぱ眩暈がするなあ。ま、ほんとに、隕石言われても知らねーよだったんでしょうけど。しかしやはり。なんていうかジョーってば…そういえばジョーが人の話を聞いたのはこれがはじめてじゃないのか?(爆)


ところで正義が勝つか強いものが勝つのか、そりゃ強いものが勝つわけです(ミもフタもない)
飛龍から轟龍への性能アップ、マイトガインからマイトカイザー、そしてグレートマイトガインへのパワーアップ。性能的には青戸工場VSウォルフガング博士、パイロットの腕としてはジョーVS舞人。ジョーは正規軍で「エース」の称号を貰えるような凄腕なのでこりゃジョーの方が上。っていうかこの条件でジョーが舞人に負けたら可哀想すぎるよなあ。正規軍出身者VS社長業との掛け持ちパイロット、ですから。そりゃジョーの腕が上で当然なところだと思います。しかし、パイロットの熟練した技術によってライバルに勝つってゆーのはどっちかっていうと主人公のすることじゃないのか?(笑)

ジョーは舞人が正義正義言うのがキライなんだと思うのですが、舞人だって真剣ですよね。ただ本質的に派手好きでナチュラルに自己顕示欲が強いので(でなきゃあんな名乗り文句がいっぱいあるもんかい)、派手好きの金持ちが正義の味方ごっこをしているように見えるかもしれない。
というか、実際そのとおりかもしれない…っていうかまさにそのとおり?

舞人は「金も懸けるが命も懸ける」人なので、実際に何度も怪我してもめげない。だけどあの熱血バトル性格でも普段はナチュラルに金持ち感覚でぶっ飛びすぎていたりして、そーゆー落差があるところが面白いなあと思います。華麗なる社長生活にはそんなリアリティがあるわけでは当然ないですが(アニメだし)でも華麗なる社長生活部分に舞人のキャラがちょこちょこ見えるので、やっぱこれも「日常を描く」勇者シリーズなんだなーと思いました。あんな日常は通常の日常生活とはかけ離れているにもほどがありますが、そこはそれ、最近テレビで放映されている「富豪刑事」とノリは一緒で。じぶん家経営のフランスのボルドーワインを安物と言い切る「富豪刑事」ヒロイン美和子さん。でも「カッ飛んだ金持ちのぶっ飛び金持ち感覚」のディテールをボルドーワインとか使って示されるとネタとして面白いのです(というわけで「富豪刑事」好きです)

舞人は特に正義について葛藤しないですよね。(少なくとも本質的な懐疑はない)マイトガインという作品を通じて変わったのは、舞人よりジョーであるような気がします。最初はクールなライバル。かと思いきや、彼は舞人が正義を信条とすることを嫌い、舞人につっかかった。けれどそのうち判明したジョーの過去。実は、お父さんを殺されたという。ああ、それじゃ正義もなにもないよね。さて、ジョーのお父さんと舞人のお父さんを殺したのは同じ相手。というわけでジョーは、舞人に対してつっかかることをやめる。もっと大事な問題が出てきたから。ラスボスの登場にあたっては彼なりのポジションで、主人公の引き立て役って感じでもなく(エグゼブ倒したのジョーだし)ラストシーンの結婚式では陰で舞人の結婚を祝福(しない人は結婚式を見に来ません)
主役の精神的立ち位置に変化がない場合、一方で激変するキャラがいるのかも。と思いました。まー誰も彼も成長したり変化しないんじゃ1年もやるアニメなのにつまんないですしね。

あ、なんか全然まとまってない。えーと。
正義正義言われるとうるさいなあとか萎えるなあとか実は私は思う性質なんですが(ひねくれ者)、舞人を見ているとそーとは思いません。舞人は心根は心底正義の味方だけど、正義の味方ごっこをやりたいんじゃないかな、と思わせるものがある。派手な名乗り文句の数々とか、そもそも登場するたびに名乗りを上げてみたり、全般的にハッタリを効かせた演出方法は、「正義の味方」を演じる人間の態度なわけです。正義の味方ごっこは子供がすることになるか、あるいは偽善的になりそうな危うさもありますが、舞人は思い切りマジ。自分が正義の味方であることについて、心に一点の曇りもない。ごっこなんだけど思いっきり真剣に正義の味方ごっこをやっている。怪我してもビビらないし何度でも立ち上がる。何度痛い目見ても怪我してもめげない点で、舞人は己の真剣さを証明しているわけだと思います。

いっぽう、舞人の「正義の味方ごっこ」は、明らかに金持ちの道楽なわけです。だって、金も懸けるが命も懸ける、なんですから。大富豪がありえないほどの私財を投じて正義の味方ごっこ、しかもパイロットはじぶん。しかも構造的にじぶんしか活躍しないようになってるし(自分以外は人間のパイロットがいないし、自分が乗ってるロボットが圧倒的に強い)金持ちの道楽で本人超大真面目に正義の味方ごっこをやってる。
この設定結構面白いなあと思いました。どちらが抜けても(※金持ちの道楽でなかったら遊び心がないし、金持ちの道楽なだけでマジじゃなかったらどうしようもないわけで)個人的にはつまらないものになったと思うんですが、どっちも兼ね備えているので、そのへんが面白いと思いました。

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こわしや我聞 サンデー12号感想

なんか当初の予定より人数少なくないですか?>真芝壊滅作戦
思い切り「こわしや」に属性がついてるのはわかりやすくていいと思うんですが、もっと限定条件があるといいかもなあと思いました。仙術使えるとなんでも出来そうだけど、なんでも出来そうなだけにハナシに縛りがないよーな気がするもんで。さなえさんやかなえさんは、水があるところでのみ水を出しているらしいし、我聞はこないだのシージャックには無力だったし。属性を出す場合、「属性ゆえの弱点と長所」もセットだと思うんですけどどうでしょう?

今回の不満ポイントはかなえさん。弟が行方不明なんだからもっと心配するところとか見たい…先週号での果歩ちゃんにとっては番司は「ついせんだってちょっと家にいただけの思いっきり他人」だったから兄の心配を優先してするものでしょーが、かなえさんにとって番司は弟なのにー。なんだよー厳しいと見せかけて実は弟の行方を死ぬほど心配しているかなえさん展開とかナシですか?(今後出てきたりするだろうけど)でもって、ハナシ自体は真芝とのマジバトル突入。なんですが。なんか思い切りかなえさんの信用を得ている國生さんはなんでそんなに強者ポジションなんだろう(笑)

さて我也さんの動向がわかりません。金や名誉で裏切るような人ではないでしょうし、真芝がらみで行方不明になった人が真芝に協力するかあ?じゃあ、実は真芝に潜入してなんかの機会を覗っているとか。あるいは最初からそのつもりだったとか(なら辻原さんが真芝に執着するのもおかしい)我也さんは真芝がらみの仕事で出かけていって行方不明、いまはなんらかの事情で真芝に協力している?洗脳、ってそこまで科学力ないだろーいくらなんでも(笑)
真芝サイドからしてみれば、自分らの組織を調査しにきた相手を雇うにあたってはふつう警戒するでしょうしね。どんな流れなのかしら。
でも「そんな何ヶ月も行方不明で生死不明じゃいくらなんでも死んでそうだし、どーなってんだよ親父さんの行方は!」と思っていた点は、当の真芝にいましたよ、ということでかなりすっきり納得しました。
今度は「先代らしき人影を見て脱力する國生さん」とか「國生さんを拉致する先代」とかそんなベタな展開を!(笑)いや、結局この漫画で「精神的に成長し精神の振り幅を見せることで読者に感情移入させる」のは國生さんだなーと最近ひじょーに思いましたので、ここはやはり國生さんだ!

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サンデー12号感想

ワイルドライフ…
盟央大に来て当初の患畜を見るの見ないのあたりは、あーこれってありがちなパターンものだなあと思ってたんですが、黒木助教授編はことのほか面白かったです。だってあの流れで行ったらもっと鉄生が陥れられそうかなと思ったのに、あまりにもあっけなく黒木助教授陥落。かなり意表でした。そして意外性というのは面白いものだなあとものすごく認識。
あんなに意地悪そうな表情で現れたのに黒木助教授、舌の根もかわかぬうちに信条(=役に立たない患畜は見ない!)を速攻破らされるあたり、割合相手のペースに乗り易い人なんですね…(笑)もっと意地悪かと思ったのにー!そしてさらにお嬢さんの前であっさり陥落。この前の話のゴキブリ騒動からして、もっとねちっこく鉄生をいびり、鉄生が気づいてないうちになんだか逆転ノリかと思っていたら、超ハイペースで改心してしまいました。というハナシがなんかみょーに面白かったです。

んで、次のライバルは昔瀬能さんと結婚できなかったとゆー彼。そのハナシは知らないわけですが、鉄生と比較するまでもなくこの人はダメな人だと思いますので、またあっさり陥落しそうだ。この漫画がどのように面白いのか判ってきた昨今、つまり、あまり突っ込んではいけないのですね。

いでじゅう!…
未だ初期カレカノ状態を脱しておりません。たのしそうだなあ。フライング?て、林田の「つきあってください!」を真に受けてる森さんも、「俺たち付き合ってるし」視点からいろいろ細かいところにこだわりたくなっている林田もかわいいし楽しそうです。なんかでも、「俺たち付き合ってるし!」的なところにこだわると、「俺たち付き合ってるのに○○じゃない」というマイナス方向にも行き易いんだろうなあ。それもまたかわいいし楽しそうなのでよいと思いますが。

KATSU!…
わあエンディング言ってたらほんとに翌週終わっちゃうってなにごと?呆気ない…びっくりでした。あだち漫画はそーゆーところがありますが、今回こそはびっくりでした。プロ行ってもねえ、って気がするので、お話としてはここで終わるのは順当だと思いますが、それにしても例によってあだち作品定番の一種肩透かしエンディング。ボクシング場面⇒電車の音っていうのは、もうあだち漫画のパターンですな。タッチの野球場⇒プール、みたいな。しかし様式美も何度も出てくるとそろそろ「あ、またこれか」と思っちゃう頃かも(爆)
H2くらいから思ってたんですが、そろそろ「あだち漫画の高校生」というのは、漫画的にしても「高校生らしさ」からは離れてしまっているような気がするので、次回作は年齢層上げてみるとかどうかなーとも思います。そんなこと言いながらどっかに載ってたら読みそうだけど。

ジャぱん…
「ミスター味っ子」系の料理漫画は出てくる料理に対するリアクションがインフレするっちゃそうですが、もうこの漫画の場合、黒柳のリアクションでページを取ることに算段しているようにさえ見えます。堤さんのジャムはおいしそうだと思うんですけど、ああされるとうまいのかなんなのか。こんなんやってたらパネル何枚で決着つくんですかね?
そして橋口会の後継者問題は店長が候補に上がりそうな勢いです。

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大河ドラマ「義経」6回目感想

ナレーション多いなあ…なんか今回めっちゃ気になりました。主人公の心情を全部説明しちゃうのがなんとも。ああいう方が判り易くていいのかなあ?
それと、遮那王パート・平家パートに頼朝パートが加わったので、余計つなぎが悪くなりそうかも。三つに場面転換をするとひとつのパートの情報量が減りそうです。いまでも平家はちょっと少ないよね?いっそ頼朝が出ない回は出ない回、今回は平家はお休み、というように切り分けてひとつのドラマを展開させて欲しいものもあります。平家のエピソードは少ないぶん、ちょこちょこ進行はしてるよーなんですけど。宗盛がだんだんヒネていく展開?そういえば時子さまが清盛の息子たちを集めるシーン、あれ重盛は入れてないんですね。どういう意図なんだろう、時子さま。重盛を入れると我が子の宗盛が鬱屈しそうだから?

遮那王の悩みは長いなあ。打倒平家!とシンプルに行かない路線はなかなかこれはこれでよいと思うんですが、遮那王って、自分が何をしたらいいかわかんないんだよね?急にお寺に入ってなんだろうと思ってたら、貴方様は源氏の御曹司ですとか言いに来る人もいるし。なにしていいかわからなくなって、武術を習いました。だけどそれって目的があってやったことじゃない。清盛は仇だと言うけど、昔あった清盛様は優しかった。優しい人がいい世の中を作ると言ったけど、世の中はちっとも変わっていない。どうしてだろう、自分はどうしたらいいのか?と、悩んでるって感じなんだろうけど。

うーん、でも清盛いまんとこ良い人過ぎないかなあ?別にいい人でも構わないんですけど、清盛がいい人な分他の人がなにか被るのでしょうかね。別に「実は清盛がいいひとだった」(世間でのイメージは悪いけど)っていうのはドラマとしてはアリだと思っておりますが、渡哲也だからいい人イメージなのか?(逆で、いい人イメージだから渡哲也なのかってことか)っていうと、それはそれでつまんないように思うわけです。渡哲也イメージでいい人そうに見せかけて実はこんなコワいんだ、とかうっわーすっごくヤなことするなー、っていうのだと面白そうだと思いまして。渡哲也な時点で無理かも、最初から。

たっきー遮那王がいきなり「親と子が離れ離れにならない世の中を」とか言い出したのは、いきなりだなあとは思ったんですが、思い付きを口にしてるようで面白かったです。覚日さんがあまり出てこないのは残念。渋いし、いい役どころだし。そんなこと言ってたら誰も彼も「もうちょっとピックアップされれば」かもしれませんが。

遮那王&うつぼの場面は若いしなごんでいいと思います。先週「えー?」と思ったんだけど、あれはうつぼ&静を両方出したせいですね。静を出すことでどっちも印象が散漫になった気もするし、静はあまりにもイメージ合ってないし歌もダメダメだったし。

先週の静は、「五条大橋&静との出会い!」とゆー見せ場を作って出番を前倒しにしたせいでよくなかった気がします。だって、五条大橋はどこの絵本ですかっていう超定番なんだもの。それにしてもやりすぎなんだけど。回想で改めて見て、月がでかすぎ。桜舞いすぎ!しかも今週もワイヤーアクションだし、今から八艘飛びそうですよ。間違いなく飛びますね。すごい飛びっぷりになりそうな予感。ワイヤー特撮大河?たっきーの殺陣はおかしくないどころか良いと思いますので、ワイヤ―を連発するとしらけない?五条は絵本をやりたかったのだと思いますのでワイヤーでもいいのかもしれませんが、たまにやった方がインパクトがあるんじゃないかな…ふつうにやってもかっこいいですよ、たっきーは。

というように、五条大橋は昔ながらのイメージをやりすぎなくらいに押し出したわけです。ということは、静も昔ながらのイメージで素晴らしい美女が登場し「まさに静とはこれだ!まるで絵巻物のよう!」と、思うところ。期待するところ。しかしここで石原さとみちゃん。絵巻物的に静であるとは思えない(爆)長く出てくれば「これも静のひとつのイメージ」になると思うんですが、あんな絵巻物のような過剰な五条大橋を演出しておいて「静は新機軸」言われても、そりゃどっちかにしてくださいよ!みたいなのが先週の敗因(敗因って失礼な)とみました←偉そうに。

ところで今回の大河ドラマって、おそらく、義経とか平家物語をある程度知っている人向けなのだなあと思います。普通というか無難というか、奇をてらわない。私は今の時点で既に「このマツケン弁慶が勧進帳かあ、それは楽しみだなあ」とか思ってるわけですが、今回のターゲットはそういう向きなんじゃ?前作の「新選組!」で大河っぽくないものをやりすぎた反動なのかなあ。しかし一種コスプレ物っぽくもありますな。
平家の皆さんあたりは、ちょこちょこ伏線を張っているように思うので(屈折していく宗盛とか、重盛の動向とか)あとでばばんと目立つ日が来るのを待っております。

で、今回登場の中井頼朝。あの高い声は若作り?それともくねくね生きるための処世術?どっちだろう。超過激派ででしゃばりな政子は個性が強いなあ。さて二人の出会い、怪我した政子に対して跪き膝を貸し馬に乗りなさいと、いきなり紳士的な頼朝。政子、足をすべらせなんと頼朝に抱きかかえられてしまう。いつの時代のラブコメですか!(笑)ってクラシックな演出で来ましたが、おうちに帰って頼朝の正体を知った政子は、「あの男を殺しましょう」と父に向かって進言。なんじゃそりゃ(笑)で、次回裸を見られちゃったりするんですか?だからいつの時代のラブコメなんだろうか。

さて次回予告は拡大版らしく、数回分まとめて紹介。ズルいなあ「義経」の予告って。毎回すごく面白いし、拡大版で作った予告はいかにも期待できそうな内容ですよ。これからは義経に仲間が増えていく展開ですね。金売り吉次も絡んできていよいよ奥州目指して出発(その前にちょっとあるようですが)
吉次は表では好意に見せかけて実は利権が絡んだ商人の野望を見せてくれます。好意に見えるだけに、明晰な分析に基づいた裏があるっていうのは奥が深くていいなあ。

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ジャンプ感想(ワークワーク)

今週のワークワーク。ヨキ先生鬼だなー。12やそこらの子供の前に父親の姿をしたものを出して、というところまでは先週号だったわけですが、ざっくり刺すとは驚愕でした。まさかそこまでするとは思わなかったよ…あまりにも突然の展開で、シオの呆然とした顔が可哀想すぎます。また、アルの姿をしたスプンタ・マンユが無表情に笑顔、なんだよなあ。いかにも作り物ですって感じの嘘っぽさがなんともはや。

ヨキ先生の鬼でないポイントは、私が責任をもって治療しよう、といったところですけど。シオを倒したくはないのかもしれませんが。そんなヨキ先生の真意は?きっと、コトと同じではないよね。だったらカーフが「嘘をつくな」なんて言う道理はなさげなので。あんなことをカーフに言わせた以上、ヨキ先生とコトは運命共同体だとは思わないわけですが。そうじゃなくてもそのまんまじゃつまんないけど。それにしてもヨキ先生怖いなあ。レオが思い切りビビってますけど。

そのカーフは「あのカーフでさえ同じ手で」と言われていましたが…あ、あのスルーはなしってことでお願いします!だって最強最強言ってこの人なんですか馬鹿のひとつ覚えじゃないんだから、と言ってはいたけど、きっとなんか理由があってそういうことを言い出すのだと思っていたのですよ!なんかカーフにも理由があったはずだ!なんか話数的にもあと1クールはあるような気がするのでお願いしますよ理由を!
(なんてミもフタもない・苦笑)

しかし神様は気絶回数多いなあ。回数的に多いわけじゃないかもしれませんが、気を失ってる率高いですよー。その神様のかたちのスプンタ・マンユに手を出せないレオ。わーほんとにレオ→神様が見たいです。フジリュー先生のラブコメなんてすんげー見てみたいんですけどー。もう携帯は神様が帰るときのツール止まりになりそうですが(交信する必要なくなっちゃったし)レオが神様に携帯を返すのですよ!そして照れるレオ。可愛いじゃないですかー。

ワークワークは単純にバトルってると単調に思えるので、このよーな盛り上がり方の方がイイなあ。心理描写に関してはわざとじゃないかってくらいに表面のみを取り上げているような気がするので(内面描写がないよね。)もっと見たいわけなんですけど。

しかし「人が人である故の弱点は心の弱さ」そりゃ聞太師だって負けるわけだからそーなんですけど、フジリュー先生ってそういう路線好きなんですね。
でも今回、シオが「あれはとーちゃんじゃない!」くらいは予想したけど、いきなりざっくり行くとは思いませんでした。腹黒すぎますな、ヨキ先生…でも考えてみたら、シオの父親がすでに死んでいて、あれはアルではありえない、というのを現実に知っているのはシオとヨキ先生しかいないんだよね。じゃあ「騙されるなシオ、あれはお前の父親じゃない!」と指摘する人もいないわけで、邂逅かと思いきやざっくり刺されるというのは、周囲にも一瞬で真実を納得させる展開ではあるかも。

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「王家に捧ぐ歌」(7)最後に

長いなあ今回。というわけで次はラダメスです。

えっと、ラダメスっておばかさんだよね。無神経だよね。あんな指輪アムネリスさまの見ている前でアイーダに渡すなんてどこのバカですか、というのは展開の都合上なのでおいといても、彼は無神経です。

だって一幕の最後。ラダメスは戦に勝ち、アイーダの父親を捕らえてくる。「このものたちを捕らえました!」と高らかに宣言する。アイーダは駆け寄って叫ぶ。「お父様!どうかお父様の命だけは!」と。この状況でラダメスは、エチオピアの解放を宣言する。そしてこれが、彼がアイーダに示す愛でもあるんですな。

この人素晴らしいですよ。素晴らしく無神経。目の前に父親を捕らえてきて、解放してあげます、あなたを愛しています、あなたのためです。その前にあなたの国の軍を滅ぼしてきたんですけどね。でもあなたの国を解放してきましたよ。愛していますアイーダ。

すんげー上からモノを見た態度。無神経極まりない。でも天然ですから。素でこうですから。彼はエジプトの有能な将軍なので、エチオピアを倒すのは当たり前。でも、アイーダのために、アイーダに共感したため、戦いを終わらせよう!と思うわけです。

この話がどうも曖昧なのは、ラダメスの真意はどう判断されるべきか、保留のまま終わってるよーな気がしなくもない点です。アムネリスと、エチオピア王の判断は同じ。ラダメスはアイーダのためにエチオピアを解放してやった。それは端的に個人的な感情、エゴのゆえ。崇高な姿勢なんかじゃないんだよと言う。
わたしそれってそのとおりだと思うんですよ。ラダメスは善意であれ、アイーダがこう言うからやってみたってだけなんだと思う。でもおばかさんだからすんげえやってることが無神経。

それが悪いとは思いません。つか、そんなもんじゃない?人は自分のためになることしかしない。人というのはそんなもんです。

そこでアイーダが「ならば私は『戦いは新たな戦いを生むだけだ』と訴え続けよう」って…その文脈はなんでしょうか?

アイーダがラダメスと自分のためだけに、戦なんか起こってもかまわないと思ったのはエゴでしょう。それはそれでかまわない。アイーダはエゴのためにすべてを捨てた。ならなんで最初に戻るの?私も私のエゴのために戦いを生んでしまったって方向に行かずに、なんで自分だけ正しいの?これがわかんないんだよなあ。

キムシンキャラは言いたいことは死ぬほど口にするから、「実はアイーダは自分も悪いと思っていて」とは思えないんですよ。どーにも。スルーして責任回避して、言いたいところだけ言ってるように見えてしまいます。

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「王家に捧ぐ歌」(6)お嬢様アムネリス様のドラマ(後編)

お嬢様の立場ははっきりしています。ファラオの娘だから手に入らないものはなにもない。同時に彼女は何も失うことはない。いっそ戦争があればいいのに、と彼女は二幕で嘆きますが、それは大事で身近な人が戦争で死ぬことがないからではないかと。
逆に、バリバリ軍人のケペルもメレルカもわりとさばさばしている…ように見えました。やっぱこっちが何度も見ると最初の思い込みより違うものが見えるのか。一幕で人を死なせて戦っていた彼らが、戦争なくなってオレら用無しだよ、だから飲もうと言いながらお友達を引っ張っていく。ああ、この人たちはもうさっぱりしちゃって、これでいいのかもしれない、と思いました。戦争していた人が「もういいよ、オレらはいらないってことで」と現実を受け入れられるのに対して、目の前で人が死ぬ様を目の当たりにしていない王女が「こんなにふやけているなら戦っているほうがましかも」と思う。

見ているものが違うから、あまりにも違うことを考える。アムネリス様は、負けたら泣くのは当たり前だと思っている。それに対しての反論はシンプルに行ってこうです。「じゃあ、あなたが負けたとき、あなたはあんな目に遭うのを甘受するんですか?」でもアムネリス様は言うと思う。「エジプトは負けません」。アムネリス様はたぶんそう思っているから、あんなふうに傲慢になれる。そこが彼女の立場ゆえの強さ。

そのアムネリス様の立場がひっくり返るのは、終盤、ファラオが暗殺される場面。目の前で父親を殺され、暗殺者の意味深長な言葉(お前たちの中に裏切り者がいる!)に、周囲は動揺し、磐石であったと思っていたものが目の前で崩れ落ちていく。

このままいったら、たぶんエジプトは駄目だったんだと思う。そーゆー意味では、エチオピア側の作戦は当たっていた。このまま大国エジプトは崩れ去り、エチオピアが勝利するはずだった。エチオピア側は勝つために策を練った。けど面白いのは、思ったとおりになんか運ばなかったってこと。必ず不確定要素があって、思ったとおり物事が動くとは限らない。

エジプトの窮地を救ったのはラダメスとアムネリス。この時点ではラダメスはアイーダと生きるためなにもかも捨てていいと思っていたけど、捨てていいと思ったのは自分の地位。エジプトが滅びることなんか望んでいないわけで。彼はエジプトの危機に際して、動揺する人々を鎮めてしまう。ここがラダメスの将軍としての手腕だなーと思う。この人、ほんとに有能なんだと思います。
裏切り者は誰だ!と騒ぐ人々、普段偉そうな神官は、こんなとき役に立たなかった。ラダメスは、「裏切り者は私だ」と告げる。ここが第一段階。けれどこのままでは、ラダメスが裏切り者ってことで、人々のパニックは収まらない。

最終的にすべてを収めてしまったのはアムネリスの豪腕ぶりです。アムネリスは目の前で最愛の父に死なれ、ラダメスが裏切り者だと聞かされる。アムネリスが愛した、父が守った国はどうなってしまうのか。このままエジプトは崩れていってしまうの?アムネリスは放心の体で立ち上がる。そして「わたしが今からファラオです」と宣言する。アムネリスは、愛するラダメスの剣を引き抜き(その剣っていうのは、ラダメスがファラオからもらったあの剣なんだよなあ…)、震える手で愛しい相手の首先に剣をつきつける。

アムネリスはエチオピアの殲滅を宣言し人々を鼓舞し、エジプトの窮地を救った。アモナスロの策略もウバルドの決死の覚悟も意味をなさず、エジプトは死なず、エチオピアが滅びてしまった。急激につきつけた刃は返す刀となり、起こらなかったかもしれない皆殺しを引き起こす。
アムネリスが嘆くだけの女なら、エチオピアは勝っていたかもしれない。そして誰もが、アムネリスがあんな強い女だとは思っていなかった。

不確定要素がことの成り行きを一方の思惑とは正反対の方向へ持って行く。このダイナミックさ。見ているこっちは、「どーせこの作戦は失敗するのに」って思っちゃうけど(特に何度も見ると)、そんなことはない。成功するかもしれなかった。そのはずだった。でもぎりぎりのところでアムネリスがひっくり返した。すごい話です。

最後のドラマで、いままで敵役(それも非のうちどころもない系統の)であったアムネリスは、いっきにヒロインになってしまう。父親を失い、愛する男を己の手で罰しなければならない、国を背負った女性。だけど私の前で「あの女に騙された」と言ってくれたら、あなたを逃がしてあげる。なりふりかまわなさと向こう見ずさ、そして女のプライドが垣間見えるよなあ…かっこいい。愛する人をこの手で…!すんげーかっこいいお話です。もちろん自分でってんじゃないから、こんなヒロインを見ているとすんげーかっこいい。不幸と悲しみに打ち震えつつ強さを保ち続けるアムネリス様は本当に美しい。

でもラダメスって最後までつれないのね。「あなたはまだ戦い続けるのか」ってさー、可哀想じゃないですか。アムネリスの行動は今までもこれからもずっと筋が通っていたのにね。だって他にどうすればよかったの?全部許せと?そーゆーわけにはいかないっしょ。それじゃあ駄目だったでしょ。あのときのアムネリスの判断はものすごく的確だった。もう、カンペキなくらいに的確だった。国のため、愛する父親の仇をとるためにはああだった。

だってエチオピア人は卑怯極まりないやつらですよ?死なせちゃってもよかったけど、生かしておいてやったのに、よりによって闇討ち。闇討ちの上不意打ち。さいあくー。せっかく寛大なファラオがお許しになったのに、ヤツらは闇討ちで不意打ちですよ。ふつうにやっても勝てないと思って、あの寛大なファラオを闇討ちですよ。そんなひきょーなやつらは今度こそやっつけちゃいなさい。

…とゆうふうにエジプト側は思ってたんじゃないかな。その思いを背負ったアムネリスがエチオピア殲滅を命じたのは流れとしてそーなっちゃうわけで…でもエチオピア側としては、どうあっても勝ちたいんだけど、ふつうにやったら勝てない。でも、勝てばいいのです。相手なんかお互い人間じゃないんですよ、だから勝てばいいんです。

どっちが悪かったのか?そりゃ最初に征服した側でしょう。でも、今のアムネリスが国のためにやったらああなってしまった。まさに復讐の連鎖。こんなものはどーにもならない。

こんなどーにもならないものをどうすればいいか。せめて人が死なないようにしてください。「こんなものは無駄だ」とどこかで気づいた人はそう思うようになる。

いきなりですが、ケペルもメレルカも、気づいてた口なんだと思う(初演では思わなかったのですが、役替わりの今回何故かそう思いました)。目の前で部下が仲間が死ぬところを見ていた人は、死なないのが一番だと思える。ラダメスは相手を死なせて自分がのし上がっていく人なんだけど、アイーダに言われて、もしかしてなんか違うのかも?と漠然と気づいていく。

こーゆー話だからアムネリスは悲しい。どーにもならないけど、彼女としては他にどうにもできなかった。そして、愛する人は分かってくれない。自分がどんな思いでいるのか、分かってくれない。とどめのように、「いつまでこんなことを続けるんだ」と言い残されてしまう。

じゃあ他にどうすればよかったの?だって全部あなたのせい。あなたがアイーダに騙されたせい。あなたは私が愛する国が滅びればよかったっていうの?お父様を殺した憎いエチオピアを滅ぼさなければみんな納得しなかったわ。私はこんなに悲しいのに立ち上がったのに、あなたはわたしの気持ちをどうしてわかってくれないの?

だからアムネリスは剣を置いた。愛する人の残した言葉を果たしてみようと。

そーゆーわけで、すごい話です「王家に捧ぐ歌」。テーマの表現が浅薄だなんだと書いてみましたが、実際にはすごいドラマチックな話なんだと思いますよ。だからあまり余計なことを言わないほうがよかったんじゃあ…と思うわけです。
というか行間の説明がまったくなくて(それは彼の持ち味だと思うけど)ツッコミどころ満載だから誤解を与える部分も観客に読ませる部分も大きすぎて、ツッコミどころを減らせばいいのになあ、といつも思います。

あと、このショーは平和への祈りとする、とか、そういうことは言わなくていいと思いますよ、個人的には。実際問題、タカラヅカを見に来ているのですよ。だから、タカラヅカを見せて欲しいわけです。あなたの主張だけなら見に来ない。ジェンヌさんが演じているから見に来ている。タカラヅカに来る人は本質的にそうだと思うわけです。

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「王家に捧ぐ歌」(5)お嬢様アムネリス様のドラマ(前編)


さて、お嬢様アムネリス様です。
ものごとはあるべき道をたどるのです、と仰るお嬢様です。このお嬢様は素晴らしい!マヤもいいけど亜弓さんはかっこいいよなあ、と思われる方向け、日本のお嬢様。設定は古代エジプトの王女だけど、日本のお嬢様キャラです。
才色兼備、お高くとまって気高く美しい。主人公貧乏キャラのライバル。でも、悪いヒトじゃありません。主人公の実力を認め…かと思ったら違いました。

お嬢様は、自分の許婚候補の男が、実は貧しい娘に思いを寄せているのを知っています。だけど私が愛するあの男が、私を選ぶのはあたりまえ。だってあの人は才能あふれる将軍で将来を約束された身の上、そして私はファラオの娘。私とあの人が結婚して、あの人はエジプトのファラオとなる。どうしてあの人が私以外を選ぶでしょうか?そーゆー思考回路です。

みっともないまねをして己の品位を下げようなどとは思わないお嬢様、貧しい娘アイーダを呼び出し、アイーダの本心を聞き出そうとする。お嬢様は、「愛しいラダメスが死んでしまいました、共に嘆きましょう」とアイーダにうそをつく。アイーダはお嬢様のうそを信じて、私もラダメス様が好きでした、と白状してしまう。そこでお嬢様豹変。
身の程知らずもいい加減になさい!バシッとアイーダを一喝。そしてお着替えにその場を立ち去る。するとお嬢様の側近たちは、アイーダを苛める苛める。お嬢様が好きなあの人を恋しいなどと誰もいえないのに、この女はなんて身の程知らずなんだろう、と。このあたりの変なリアリティはすばらしいです。木村先生は大映ドラマか少女マンガをかなり研究されている!
さて、お嬢様は着替えて戻ってきます。戻ってくると自分の取り巻きがアイーダを苛めている。「おやめなさい!」お嬢様は取り巻きたちをたしなめる。私たちは誇りを失ってはなりません。私たちはこの人に、ただあるべき道を教えればいいのです。お嬢様は仰る。
お嬢様は強いのでいつでも正々堂々です。誇りを忘れません。
お嬢様は正々堂々とだまし討ちをなさいます。ぬけぬけと大嘘をついてひとの本音を聞きだしておいて、「この身の程知らず!」と、それはそれは丁寧に仰るのです。ってゆーかこの状況でお嬢様がアイーダを置いていったら、そりゃ側近に苛められるのは目にみえておりますがな。でも放置しておいて、あとで側近をたしなめるお嬢様。素敵。なら最初から置いていくなよ!

素晴らしいお嬢様です。これを檀ちゃんが素晴らしく演じております。
手つきとか指先の動きとか素晴らしい。なんかおもしろい被り物も似合うのが素晴らしい。正しいお嬢様らしく、傲慢なのに厭味がない。だってアムネリス様はこんなに美しくて素晴らしくてお嬢様なのですから(王女様だよ)、傲慢なのは当たり前でしょ?

とゆーふーに敵キャラだったお嬢様アムネリス様は、クライマックスでいっきに、この話のもう一人のヒロインにのし上がってしまう。以下、続く。

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「王家に捧ぐ歌」(4)別のことを考えてみる

ぜんぜん違うことを考えていました、というのは、ファラオが出てきて、神官たちが出てきて、歌い継いだところです。
そう、ファラオが一番歌がうまい(笑)
私はその瞬間思いました。そうか、ファラオとは、一番歌がうまいヒトが選ばれるのですよ。だって神官さまより上手なんですもの。王さまが一番うまいんですもの。つーことは、ファラオになる条件は歌のうまさ!

しかし娘が婿に選んできそーなのは、わたるくんです。次代のファラオとなりそーなのは、わたるくんなのです。他にいいとこいっぱいあるが、歌はあんな感じです。いや、あれがいいんだよ!とも思いますが、ファラオの条件は歌がうまいこと。やー、困りましたね。ちょっと、猛特訓が必要かも。いやいやでも愛する娘が選んできたわたるくん。よい青年ではないですか。条件的には厳しいが、でもこの私が仕込めば!大丈夫!かくてファラオはわたるくんを新月から14番目の夜に誘い、歌の特訓をしようと思っていたのでした。しかし!敢え無くファラオは殺され希望を失い…可哀想だ、ファラオ。

とか箙さんが歌ってる間に考えてたわけですが(爆)歌ネタとゆーとエチオピア三人衆。「サウフェ、あなたもなの?」と嘆くアイーダ王女さま。
大丈夫アイーダ!その子はうまいから大丈夫だ!とか思っておりました。ゆかりちゃんも好きですよ。歌はすごかったけど(笑)でも素晴らしくきれいですな。

そーいやラダメスのお友達ケペルとメレルカも役替わり。
私はこれはなかなか好きでしたー。
とくにケペル。メレルカもいいけど。
ケペルは一直線で、ラダメス好き!です。
でも裏切られたらもう、「お前なんか知らねーよ、けっ」って顔で豹変です。その安易さはなんですか。その文脈の行間のなさはなに?と、初演の時に思っておりました。なんかもっと演出があってもいいと思ったわけです。そんな単純なもんじゃないでしょー?なんか一言でもいいから入れてよキムシン先生!と、思ったのですが。
それでやってるのがしいちゃんなので、まっすぐそのまんまなんですね。まっすぐそのまんまなケペルが、裏切られたと思ったら「お前なんかトモダチじゃねーよ」って顔。まんまです。
そこ、行間ないんですか?!と、私は思っておりました。
でも今回はあるんですね。
なぜって、ケペルはそんなに一直線ではないから。普通にラダメスが好きなお友達だから。極端から極端に振られると、え?それってケペルが単純バカなだけ?と思っちゃうけど、普通のヒトがあのような状況を経てああなるから、ああなるほど、そうだよなーと思えました。ふつうというのは、良くも悪くもあるという意味で、しいちゃんの個性は「悪そう」という部分がないんじゃないでしょうか。

いや、ケペルは要請上単純バカでいいのかもしれませんが。でも、キムシン脚本にありがちな「行間のなさ」というか、鳳凰伝でてめえのために死んだお友達スルーですかそうですか主人公カラフさんよ、ってーノリが垣間見えまして、私としては今のも別物で、こういうのも別の説得力があっていいんじゃないかと思いましてなかなか好みだったりします。


エチオピア三人衆に関しては、たとえばフィナーレの歌詞なんか聞いてると、「演出家の主張」が見えすぎて、私はいまだにキャラクターとして見られておりません。「神の名の下の殺人とはなんと愚かな!」を具現化したウバルドも、「ああ、そういうのがやりたいのね。そのまんまだね、そうなのね」という風に思ってしまうので…ウバルドは王子なのに自決ってなんて未来のない、なんで?じゃなくて、だって自爆テロさせたかったんでしょ、とゆうふうに思ってしまうわけです。それも不毛は不毛なんですが、なんかウバルドというのは一番、「演出家の主張が見えすぎる部分」として気になってしまいます。

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「王家に捧ぐ歌」(3)苛められるヒロイン

なんかハイパー不穏なことを書いていますが、だから宗教はいいとかいかんとか、そういう話ではありません。現実になにかを信仰している方に対して、というのでもありません。

なにがいい悪い、といいたいのでもありません。なにがいい悪いとは、あんな簡単に割り切ってしまえるものではない、とだけ言いたいわけです。
「宗教」のもとに戦争を、というのではなく、強い信念があり思想があり、「宗教」という形で示されているのだと思うわけです。昔王様は神様だったから。王様の施政がまずければ、神様から天変地異という形でNOを突きつけられたりするわけですよ。こんな天変地異が起こるのは今の政治が間違ってるからだ、っていう思想もあるわけですよ。

宗教というのは現代においては一個人のものと受け止められるようになってきているのだと思いますが、むかし昔は、生活のすべてに結びつき、政治と結びつき、分かち難いものだったわけです。

だからあんまりシンプルに切り取って「宗教とは」「神とはなにか」とか言ってしまうのはいかがなものかと思います。

しかし、そーゆーハナシを取っ払ってみると、「王家に捧ぐ歌」というのは非常に面白いです。つか、たぶんキムシン先生からすると、そーゆーハナシを取っ払われることは不本意でありましょう、とは思います。でも別に、世の中の全員がキムシン先生の望みどおりにテキストを読んでくれたりはしないんで。申し訳ないですが。

さて、本題「王家に捧ぐ歌」。
これは非常に重層的に楽しめるお話です。ラダメス、アイーダ、アムネリスのそれぞれの立場でどーなのよと考えると楽しい。普通に三角関係のメロドラマです。しかも悲恋もの。

アイーダを主人公とすると、アムネリスはライバルのお嬢様。往年の少女漫画か、はたまた大映ドラマかって感じですが、地位も名誉も美貌もあるお嬢様がライバル、ヒロインのアイーダはとらわれの姫君で奴隷、でも愛するあの人は、ライバルのお嬢様じゃなくて私を選んでくれるのです。
でもアイーダはいじめられる。「アムネリスお嬢様(いや王女さま)と張り合おうだなんてあなたどういうつもり?」と、お嬢様の取り巻きにいびられるアイーダ。べったべたな展開が気持ちいい。アムネリスお嬢様は、愛するあの人にふさわしい人なのです。美貌の王女。愛するあの人は、王女の婿となることで、大国の支配者となる素晴らしい道筋が開けている。

でもあの人は、お嬢様でなくて私を愛していると言ってくれる。私もまた、誰にもいえないけど、あの人のことをお慕いしている。

…とゆうにはどうも、アイーダってラダメスのどこがいいと思ってるのか、いまいちわかんないんですが(わたるがラブで素敵だから!つーのは抜きにして)

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「王家に捧ぐ歌」(2)そんなのおかしいよ。


さて、キムシン作品ですが、「王家」は9・11まんまですよね?あの阿呆な歌詞でアーティストとか古代エジプトに生まれたら詩人とかギャグですか?とか、ていうかあなた語りすぎですよプログラムで、とひたすら突っ込んでおりました。初演当時。

なんというか「神の名の下の戦争とはいったいなんなのだ」というあの問いかけの、なんとも言えない安っぽさとうすっぺらさに脱力するとともに、こんなセンスのない歌詞しか書けない脚本家が自分を詩人と称するとはいったいこれはどういうことなのだ、とプログラムのキムシン風に懐疑してみました(大きなお世話)

あのうすっぺらさは、なんていうか…神様の言うことは正しい。自分らの言ってることは正しい。オレら正義だぜ!だから正義じゃないヤツはやっつけてしまえ、責めていい、攻めてしまえ。だってオレの言ってることあってるでしょ?キムシン先生はそれをいかんと言っています。

でも、アイーダは同じことをやってるんですよ。自分だけが正義だと。そしてアイーダは、自分が戦を引き起こしたにもかかわらず、ぬけぬけと最後まで「戦いは新たな戦いを生むだけなのよ!」と言い立てる。アイーダは「戦いは新たな戦いを生むだけ」教の教祖です。そして、教祖様は、たとえご自身のエゴによる行動でもうひとつ戦が起こったとしても、「戦いは新たな戦いを生むだけなのよ」と説教して歌って言ってりゃいいのです。だって教祖様の仰ることはいつでもどこでも正しいんですから。だって教祖様が仰るとおり戦いは虚しいものだったでしょう?だから戦争はやめるべきなんですよ。

え、でもその戦争の原因の一端って教祖様じゃあ?教祖様がテロを誘発したからじゃ?なんで教祖さまは親に向かって説教してるんですか?なんで戦争の一端を担う本人が、まるで自分は何も悪くないみたいなツラ構えでえっらそーに説教なさってるんですか?

やー、そんなことないですよ。教祖様はいつだって正しくていらっしゃるのです。だって、教祖様の仰る教えは真実ですから。

かくて、「戦いは新たな戦いを生むだけ」教は浸透していくのでした。

…意地悪く見るとそういう話じゃない?

宗教というのはそーゆーモンです。一方の正義は、一方にとってははた迷惑。だけど、じゃあ、その「一方の正義」に真実がまるでない、ということではないのです。むしろ、どちらも真実だからこそ、取り返しのつかないような争いごとになるわけです。自分が真実だと信じているものを貫き通すために、相手をやっつけなければ、自分が信じているものを通せない。それを「迷惑な」というのは簡単です。愚かだ、というのも簡単です。でもそんな簡単に迷惑だ愚かだと言えますか?

神様はなんのためにいるのですか?どうして人は神様を求めるのですか?

「神の名のもとに戦争するなんて愚かだ」そのとおりです。でも、人はなぜ神様を欲しがるのですか?神様を心に持った人々が地球上にたくさんいるのはどうしてですか?

神様は戦争するための理由にもなりますが、決してそれだけではありません。
神様を理由にして戦争をする⇒宗教ってなんなんだと思うのは、自分のなかに神様がいないからですね。神様がいないから、神様の理由を必要とする。
自分のなかに神様を持っている人は、神様がいる理由なんか要らないのです。だって、そこに神様はいるのですから。神様を疑う理由なんかないでしょう?

たったひとつの真実を持っていること、それを貫き通そうとする強い心、それはよくもあり、悪くもなります。ひとつのことがよくもなり悪くもなる。でも、本人のとってはよいものでしかありえない。でも一方にとっては悪いものになってしまう。

簡単なことではないのだと思うのですよ。
そんな、「オレは神のお告げを受けた、だからあの男を殺す」的な端的な台詞で、神の名の下の殺人を表現できるわけではないのです。それって、「そんなのおかしい、どうかしてる」と思ってるところから来る表現ですよね。でも、どうしてその人にとってそれが真実なのか、その人のことを考えてはいませんよね?

わからないかもしれない。神様を心に抱いていなければ、理解できないかもしれない。でも、理解できないから「そんなのおかしい」と思うだけでは、あいつはオレと同じものを信じてないから間違ってるんだと思うのと同じじゃないですか。私たちはもっと、相手の立場に立って考えなくては、相手のことは分からないのです。

や、なんかおかしな方向に飛んでしまいました。そーじゃなくて「王家」のハナシ。

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「王家に捧ぐ歌」(1)キムシン主人公って。

中日劇場に行って「王家に捧ぐ歌」を見て、翌日大劇場で「エリザベート」見てきました。というわけで感想文。まずは「王家」から。というかプログラムにこんなことが書いてありました。演出の木村先生が、「王家に捧ぐ歌」の次作「スサノオ」で、こんな感想をもらったそうです。

スケールの大きさを讃えつつ、「戦の不条理を謳いあげすぎ」だというのです。それを読み「平和」にせよ「戦の不条理」にせよ、もう言葉そのものは力を失っていると思いました。

たぶん、こう言ってきた人は、木村先生の作劇は言葉がうるさいですよ、とそーゆー意味のことを言ったんだと思うんですよ。だって「謳いあげすぎ」って言うんですから。言いすぎだと。でも木村先生はいきなり一般論に持ち込んで「言葉が力を失っている」という結論に持っていっております。

木村先生の最大の欠点って、ここじゃないかなと思う。「鳳凰伝」のとき、「ひざまずけ」という表現がどうなんだという批評があって、「あれは愛にひざまずけっていう意味なんです」とスカイステージで反論した、という話がありますが、見ている側は、あれは愛にひざまずけという意味に取れなかったわけです。少なくともそういう人がいた。ということは、世の中にはいろんな見方をする人がいて、木村先生の思うようには受け取ってくれない人もいる、ということです。

でも木村先生は、自分の言うことわかれよ!とゆータイプの人ですよね。コレを見ても、中日王家のプログラムを見ても。というか、自分の言うことをすっごく聞いて欲しいタイプなんだと思う。そりゃ演出家だから当たり前?そうじゃないと思います。
世の中にはいろんな受け取り方をする人がいるから、解釈は人それぞれ。あ、そんなふうに考えたんですか、それ書いたボクも思いつきませんでしたっていうのもあると思うのです。

木村先生は、「自分の作品を自分の思うとおりに受け取って欲しい」というタイプなんだと思うわけですが、自分の思うことを相手がそのまま受け取ってくれるわけでも、納得してくれるわけでもない。だって「自分の思うことを、相手がそのまま理解してくれる」ってことって必ずしもありえないでしょ?誤解もされるし、考え方が違うから受け止めてもらえないことだってある。自分の考えは自分の考えで、相手の考えは相手の考え。どっちも正しい悪いじゃないし、どっちも正しい。そんなことってあるでしょう。だから人は、「自分はほんとうに正しいのか?」と懐疑するわけで。

でもキムシン主人公は懐疑しません。
自分の主張をえんえん語るだけです。まるで、自分の言っていることだけが正しいかのように。
キムシン主人公とゆーのはそーゆー独善的な面を持っていると思います。そこが危うい。

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最終回感想

さて、マイトガイン最終回感想っす。

マイトガイン最終回と言えば、「実は舞人たちは二次元人。ラスボスのブラックノワールは、三次元世界で舞人たちをゲームキャラとして扱う「プレーヤー」。実はこの世界はゲームだったんだよ!
…と見せかけて、ブラックノワールもゲームキャラの一人でした。最強のラスボスという名の。

とゆう話なわけです。このオチを先に知っていたもので、ブラックノワールが真相を話し始めるところでは「出た出たー!」とか喜んでしまいました。本放送で全く知らずにいていたらどんな驚愕だったことか、ふざけんなー!とか思ったかもしれない(笑)でも知っていて見ると、「別にこれ『実は三次元人』じゃなくて『実は異次元人』だけだったら通るかも」と思ってしまいました。私たちは地球の歴史を操って遊んでいたのだ、という感じで。そーゆー話にしないで「実はこれアニメでしたー!」ってやっちゃうあたりが高松監督なのかもしれませんが。だって最終回のグレートマイトガイン「まるで手の中のオモチャのようだ」みたいに言われてて、そうだよねオモチャ売ってるもんねえと含ませる台詞。そもそも青戸に工場があるって設定ですけど、青戸ってタカラの本社があるしなあ。作中で「4週間後にマイトカイザー完成」って工場長が語ったら、放映リスト見るとほんとにその4週間後にマイトカイザー出てきたりとか、マイトガインっていうのは最初から判ってて設定で遊んでるアニメなんですね。だってアニメの中でマイトガインのおもちゃ売ってるし。

この最終回はよくも悪くも、放映当時のリアルタイムで知りたかったなーとちょっと思いました。再放送で見ても「知らないで見たかった」に出来るのかもしれませんが、結構有名な話のよーな気がするんで(そうなのか?どうなんだろ)

さて最終回ストーリーについて。
流れとしてはこれしかない!って王道でしたが、受けたのはサリーちゃんがイノセントウエーブ増幅器をつけてる場面。その姿で、大列車フォートレスの上で立ち尽くすサリーちゃん。無理です!絶対無理!(笑)なんで吹っ飛ばされんのですか!

エンディングは文句無しのハッピーエンド。前半大活躍、エグゼブを破ったジョーはちゃんと生きてました。傷ひとつ増やしながら、舞人とサリーの結婚式を木の陰から見守るあたりジョーらしい。列席者は今までのキャスティング。破壊された勇者特急隊は修理され、ブラックガインも仲間入り。ミフネは脱走、ビトンは優雅に街中を歩き、ホイ・コウ・ロウはラーメン屋稼業。ウォルフガングは傷つきながらも部下の元へ戻る。
生きてた!と思ったのはウォルフガング。死なないよね?でもどう見ても死んでそうだったけど、ちゃんと生きてました。ジョーを助けて散るのもかっちょいいかもしれませんがやっぱ皆幸せ!なんだから生きててよかったっす。というか総勢ハッピーエンドで一人だけ死んでるとやはり可哀想です…
お亡くなりになったのはエグゼブとパープルすか?洗脳されて殺されてお終いっていうのも気の毒な気がしますが、今になって「私は今までなにをしていたんだ?」と言われてもかなり展開が強引なので、悪は退治されましたオチなのでしょーか。

そして、本当にラストだけ絵が石田さんバージョンでした。なんて統一性のない…(笑)でも石田さん、次のジェイデッカーも登板ですよね?最後だけ手を入れてくださったわけですよね。想像するだにスケジュールが大変そうです。


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サンデー11号感想

さてせっかく毎週読んでるのでサンデーの漫画感想というカテゴリをやることにしました。
といいつつ、全部読んでいるわけではないので一部ですが。(連載が長いと読んでいてもなにをしているのか判らないこともありまして)


そんなわけで、以下。
メル(いきなりそれなのか!)…あからさまな「ブス」描写VS可愛い女の子対決って好きなんだなあ安西先生。サンデーにおいて「高嶺の花ヒロイン以外は全部その他大勢」なのはなんと言ってもあだち漫画なわけですが、こうもブスブス言い立てるのはさすが安西漫画とでもいうのでしょうか(誉めるところじゃないよ)どうもスノウの新技は我聞で見たんだけどなあと思ってしまいます。
やーでもヒドいよあれ!敵の扱い悪すぎ!安西漫画はそうだって言われればそうだけどさ!なんですか?作者のアイドル以外は人権がないとでも?と、安西漫画に言ってもしょうがないですが、ハイ。

ジャぱん…堤さんのお題に沿ったジャムは結構食べてみたいんですけど。出てきてみたらきれいそうです。それに対する冠の策は?ええと、でもこの展開は冠が勝つんですよね?そもそもジャム対決の勝った負けたでやくざの親分になるってのがしょーもない前振りだと思うんですが、いちおうまんがの中でも、「何故コレでやくざの後継者を決める?」という理由を説明してくれました。でも「人材を探す」ということなら勝った方が好条件なんじゃ?大勝負で負けた人を後継者にっていうのもなんかおかしくない?と言うのは突っ込んでも意味がないんですけど、説明してもらってしまったので、突っ込んでしまいました。
親分以外人材のいない組織があんなでかいもんかー!素直に組の中から探せ!つーのも多分、突っ込んでも意味がないところだと思います。というわけですが、堤さんが負けてもどうなんだこの漫画って気はしなくもありませんが、しかし堤さんもちょっと危ないりアクションの人だと反映してしまった現状、どうなんでしょ。
ところでいままで買ったジャぱんはクロワッサン、プリンパン、クッキーメロンパン、緑ガメとなっております。欲しいジャぱんは焼きそばパンです。アレを出してほしい…

いでじゅう!…モモリに黒船来航ネタは面白かったです。読んでいてなんだか超初期のカレカノを思い出しました。朔美ちゃんはかわいそうですが、非常にけなげだ…あああ。んー、でもモモリ拉致ネタはなんぼなんでも強引だったんじゃないかと思います。

KATSU!…岬の理由は予想通り?でしたが、やらないやらないと引っ張ってた活樹がここでバトンをまとめて受け取る展開?あだち漫画的には今後エンディングに向かうのでしょうか。

結界師…地味だけど(いきなり)、でも好きです。カラーきれいですよねー。途中から読んだのでコミックスでまとめて読みたい漫画です。まだ買ってないけど。そういう意味ではまだいまいち話の全貌がわかっていないのですが、今回再びクローズアップされた「墨村と雪村」について。なるほどロミジュリな!両家ですが、どーもおこさまなロミオです。そしてジュリエットにいまんとこちゃんと相手にされておりません。かわいそうな良守。でも「あたしあそこじゃ一番優しくないの」の時音はマジ怖だったよーな気もするので、あれを見てもめげない良守は強者なんじゃないか、とも思います。
でも一番好きなのはお父さんです。地味なお父さんラブ!

ハヤテのごとく!…ナギの命を狙う刺客は(畑先生の)気が向いたら出てくるんでしょーか。この漫画ってどーも「ハヤテかわいいよね」という路線を時々狙っているよーな気がするのですが、どのあたりを狙っているのかというと謎だったりします(勝手に言いがかりをつけておいて何を)マリアさんの突っ込みネタはなかなか毎回面白いんじゃないでしょうか。実は面白く読んでおります。ベタなんだけど。すごくベタなんですけどね。
料理下手な人が陥り易い失敗ってヤツは耳に痛い…(笑)あーなんか昔、ちょっとオモシロそうなものを作ろうか、などと思ってよくわからない味のものを作って謎だなあと思いながら食べていたことを思い出します(その場合まずいってんじゃなかったんですが、よくわからない味だった)ふつうに作ればいいんだよ!少なくとも最初は!(アレンジは基本が済んでからということで)
突っ込んでもしょーがないですが、なんでハヤテはママレモンの味を知っているのだ。ジャンプ連載のワークワークで神様が「ここの食べ物は石油のような味がして」と言い出した時よりもはるかに謎です。神様が言っていたのは、「ガソリンの匂いがする」程度のことだと思ってたんですが。ハヤテはギャグマンガですから、いーんですけど。
というか台所洗剤は口に入れないほうがいいと思います。

あおい坂…すごい展開です。早すぎ。もう試合って、「とにかくバトルに入ってアンケとって1クール打ち切り回避!」ノリのジャンプ漫画みたいですその展開。とか不吉なことを言いますが、キャラそれぞれの個性が特に描かれたわけでもないと思うので、いきなり試合言われてもなんかどの人応援してイイのかわかんないなあ、という印象です。そして敵はやっぱり極端に偏ったヤな奴系なのですか。この漫画は、鈴ねえの思い込みを打破する人が結局出てこないのですか…?前にも書きましたが、鈴ねえは甲子園に行くこと以外に高校野球に価値を見出していない点で、ひっじょーに価値観が偏った人物だと思うんですよ。若いからいいのかもしれないんですがね。でも、なんで楽しく野球やっちゃいかんのですか?なんで鈴ねえが入った学校はそこが都立だろうがなんだろうが熱血甲子園以外の人間は排除されなきゃいかんのですか。

鈴ねえの独善的な思い込みは1話で打破されたのだと思っていました。「カンチガイ女という陰口」「超最悪なタイミングで野球部をやめる部員の存在」によって。自分の価値観が崩れ落ちたところで、それでも実は救いがあった。鈴ねえの願いを叶えてくれようという人もいた。じゃあもう一度やり直してみようか。

でも、そーゆー話じゃないんですよね、これ。残った部員たちは、「いきなり一年生で入ってきた才能豊かな存在」にも葛藤を抱かない。出てくる敵はいかにも悪い奴っぽい演出。そいつらに勝つ俺たちが伝説作っちまうぜ!って…なんて独善的なテーマと演出でしょうか。と思うと、ぶっちゃけ私はこの漫画にはノレません。

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こわしや我聞49話感想

先週はどうかなあと思ったんですが今週は面白かったです>我聞
なんと言っても果歩ちゃん。母親が死んだ時の果歩エピソードが一番好きなお話なので、そうなんだよこういうのが好きなんだよー!という感じです。こういう背景を持っていてなおかつ「GHK!」と言ってるところが果歩の魅力的なところですよね。
こういうのが見たいわけなのですが…ホームドラマ的部分。果歩を慰める國生さんはお姉さんぽくて素敵。兄嫁化計画と関係ないところで、國生さんの優しいところを見せられてしまいました。可愛いなあ、果歩ちゃん。

で、多分お父さん登場。
このお話は「真芝を倒してお父さんを取り戻す」ことが必要なわけで、最近の後ろに載りっぷりを見ると重要な話を持ってきたなーと思います。雑誌的にはもうここで終わってもいいんですよ、と言っていいのか…(すいません、こういう話になってしまいまして)
でもまあ、我聞というのは1巻からずっと序章をやってるよーな話の遅さだった気がしますので、個人的にはこういう「えええええ?!」というサプライズ展開が欲しいところでした。我聞ってサプライズ展開とか、主人公ぴーんち!みたいな引きってないじゃないですか(爆)これは究極のサプライズかつ緊張の引き展開!面白そうじゃないですかこの漫画これから!

…というわけで囚われの渡り鳥シリーズ(いや先代のこと…)は洗脳済みなのか否か。
番司が見た仙術は先代の技?なるほどそれなら、ベテランのこわしやさんがやられたのも納得いきます。先代は強かったそうですし、先代の技の威力をそのままぶつける(しかも仙術使いでもなんでもない人がやるなら油断もしましょう)なら衝撃も強そうだ。
先代の態度を見ると「これからなんかひと騒動」起こしそうにも見えますが、親子対決というのも捨てがたく、でも親子対決をやったら実力的に間違いなく我聞は負けそうなので、先代はお助けポジションでしょうか。

いやいや楽しみじゃないですか!
それにしても番司哀れなり。
番司もですね、文化祭の時に出てきて「陽菜さんのメイド姿を見たい!だがああ言った以上!」みたいな葛藤があったり、あるいは文化祭の時に出てきて「俺はこれから重要な仕事があるんだぜっ」と次の展開の布石を打ちつつ國生さんに商売敵としてキッと睨まれるとかそーゆー細かいネタがあればよかったのにー。
あとせっかく真芝なんだからですね、すでに登場済みの若様も絡めればいいのに、と思うのですが。だって面白そうだし敵サイドでも話が広がるじゃないですか。

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今週のジャンプ

真中の健忘症ぶりにはもうついていけません(笑)つかさに告白されて喜んで、でも東城が離れるのは嫌なのか。うーん、やっぱ東城に対する態度が一番むかつきますな。東城って俺のこと好きだよね?って感じで大事にするそぶりもないし、他の女の子と遊んでばっかりなのに、いざ離れそうになると「東城だけは俺のそばにいてくれると思ってた」って。しかしこの展開で西野に寄り、さらに誤解が解けて「やっぱり東城は…!」とかなるのも最悪。そんなのいつもですけど。だってこないださつきに迫られた時西野&東城エンジェルに「自分の気持ちを見つめなおして」って言われてたじゃん!ンなこと言ったって相手に合わせてばっかだろお前さんは!

真中は東城を完全にナメてるよなあ。自分は他の女の子としじゅういちゃついててアレだからなあ…
それが目に見えてわかるから、何も知らない東城さんが可哀想。判ったら彼女は身を引くのかもしれませんが、それだけに何も知らないで、真中にナメられてることも判ってない東城さんが可哀想。

さて、先週やっと動くかな?と思ったブリーチですが、まだ決着つかないのですか?ええ?
…やっと決着すると思って楽しみにしていたのに…

でもってワークワーク・先週の続き。そうだよなあ、ヨキ先生がネタを割るわけにはいかないよなあ。ヨキ先生が何を出せるのかシオ戦の前にVSカーフの段階で判っちゃったらアルが何者?っていうのを引っ張れませんものね。ヨキVSカーフ戦がすでに決着ついてるかもっていうのは先週の終わりで夜明けだった時点で予想出来たことなのでしょうが…でもカーフ負けちゃったのね。勝つわけはないんだけど。でも思ったより無事そうで何よりでした。(防人戦闘はこれまでも本人はだいたお無事か)
カーフは負けた今回の方がかっこいい気がします(なんだそりゃ)顔がいい人は、「俺かっこいい」(なんて言ってない言ってない)とか「俺が最強」とかあまり押し出さないほうが素でかっこいいんじゃないでしょうかとかそういう理屈で言ってるんですが。それにしても短い間に、などとカーフがシオについてコメントしておりましたが、そうだよねえまだ連載始まって短いもんねえ(ブラック発言)

そんなわけで次回シオには非常に辛い展開が待っていそうですが、個人的には第三話でとーちゃんがシオに話し掛けてくれたわけなので、アールマティの中にとーちゃんがいてくれる展開がいいなあ。というと語弊がありますが、姿かたちがとーちゃんなものをヨキ先生が繰り出してくるであろう展開でしょうから、シオが心のうちに持っているであろうホンモノのとーちゃんによって、シオに試練に打ち勝ってほしいな、というか…そういえばアールマティしゃべらないよね。今更しゃべったりしないかな?
「アレは偽者だ!」解説みたいなのをカーフがやってくれるんでしょうか。(ヨキ先生と対峙したのはカーフだし、先に戦った人の義務として解説役をば)でもたとえあれがアルの偽者だとしても、12やそこらの子供が父親の姿を取ったものと戦うのはあまりにも容赦のない話ですな。

正直ここ数回のバトルパターン(VSドレクセルからこっちVSノールまで)はあまり面白いとは思えなかったもので、バトルそのものにもドラマ要素を含むヨキVSカーフ戦、そして次回あるであろうシオVSアル戦のほうが興味深いです(封神演義の時も、バトルそのものはとんとんと終わっちゃってましたし)

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大河ドラマ「義経」5回目感想

すごいよ「義経」!
ワイヤーアクションは結構面白がって見ていました。たぶん演出の方は絵本の世界を滝沢くん+マツケンとゆー素材を得たところで実写で表現したかったのだろうなあ、と思いまして、ならここまでやるのかって感じで面白かったです。
マツケンはやっぱ迫力あるし。本当にタッキーが長刀の上に乗るとは思いませんでしたが、新選組の源さんマトリックスより全然いいですよー(笑)池田屋の沖田の紫陽花CGとかね。

というわけでオープニングから五条だったわけですが、上戸彩&タッキーの出てるところは、そこだけ大河でなくなってしまいました。うつぼはああゆう現代チックな喋りにしたのですか…?うつぼよりうつぼの兄ちゃんサイコー。来週もぜひ出ていただきたく。

さて、今回登場のヒロインもう一人、石原さとみの静御前。
歌わないほうがいいと思います。
もしかして歌だけのほうがイイですよと思ったのはテレビに出たてのころのやまゆーですが(失礼)石原静御前は歌っちゃイカンです。つーか歌うな(失礼)
H2ほどは声がおかしくないと思いましたが、春華しゃべりはやっぱり無理があるのでしょーか。(H2はドラマのはるかがきらいなのでみなくなりました・爆)

いや、歌はともかく。そんなの出来ないよーな気がするので。どっちかというと気になったのは、静がやたらと説明的な台詞を言うところだなあ…いや、平家一門の女性の方が「これがこうであれがああで」みたいなのは同じ説明でも必要な説明だと思うんですけど、表に顕れづらい義経の心情を、さっき会った娘さんにべらべら喋らせるっていうのはちょっと説明的なのではないかなあと思いました。

あと、順調に腹黒路線を進む後白河法皇、ちょっとの出番なのですが素敵。
お父様ブチ切れの現場を想像してビビる息子さんたちが楽しいです。
実はこの前NHKの解説本を買ってしまったのですが、もうちょっと違うものかと思っていたんですが、あんなふうにブチ切れだったのか清盛さん。それにしても十数年清盛をだまくらかすとは頼朝、子供なのにすごいですな。
清盛は真実味があるものを信じてしまう人なのかな?心意気に打たれる、みたいな。だから反動でああなるという設定なんでしょーか。

次回は頼朝登場。政子も登場。親に向かって「あの男を殺して!」すごいお嬢さんです。頼朝&政子は楽しみなところです。
義経パートは今回、うつぼ&静と若い女優さんでどうしても画面の重厚さを欠いてしまったように思いますので、源氏パートとしても重石となるものがそろそろ欲しいなと思います…

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マイトガイン、最終回1回前

マイトガインちばテレビ再放送版は最終回の1回前、盛り上がって参りました!
というわけで今回もジョーの話を(ホントに好きだな我ながら)

エースのジョーは、キャプテン翼の日向くんと似ていると思います。ただし、家族と友達のいない日向くんです。それは端的に自己中なんじゃ?と突っ込まれそうですが、だってそうなんだもん。地球の危機より舞人を倒すほうが大事なんだもん(思い直しはしたけれどね)

家族と友達のいない日向くん、と言いましたが、ホントにジョーは家族がおりません。お母さんはわからないけどお父さんの宍戸博士を殺されている。多分ジョーが軍に入ったのには、親の仇を倒すための修行といいますか、オフィシャルな立場としてロボットを操縦できる場所が軍だったからだと思うのですが(本質的にバトル好きな性格なんだろうけど)家族がいないから「実は家族に対してこんな愛情の見せ方を」という設定がありません。そして人の話を聞かないからなのか(命令も聞かないけど素直に人の話を聞こうっていう姿勢はあまりなさげ)、生来孤独を好むのか、ああゆう難しい性格に付き合ってくれる人がいなかったのか、ジョーには友達がいません。(舞人の場合はああゆうカッ飛んだ金持ちに付き合える人材が浜田君ぐらいだとゆうことですか?)

というか、例の「地球の危機か舞人との対決か」という話を見ると、ジョーという人は、素直に人の話を聞こうという姿勢がいまいちなさげですな…

だんだん言ってて不毛になってきましたが(汗)しかしジョーは本編で性格が変わってくる。とんがってた部分だけではなくなっていき、作中の人間関係を通じて、なにか今までとは違うものを獲得していく。

友達という点では舞人です。
本人はライバル言うてますがそれもまたお友達の一環。(サリーちゃんに会う毎に「あなたは本当はいい人なんでしょう?」と言われつづけたのもあると思うのですが)
そしてもうひとつ、ジョーの人間関係といえばウォルフガング博士が外せない。つか、そうなってしまいました>終盤

そういえばウォルフガング博士、46話でエグゼブに撃たれてましたが、死なないよね?(笑)ウォルフガングだけ死ぬってたぶんないよね?

というわけで知らないうちに仲良くなってるジョーとウォルフガング。最初から見てみると、結構殺伐としてるのにね。ジョーはウォルフガングの話聞いちゃいないし(ロボットの名前も勝手に付けるしな)、指図も受けるつもりはない。だけど一方でウォルフガングは、ジョーを利用するだけ利用してマイトガインを倒そうとしたり。月夜の晩には気をつけましょう。じゃなくて。そんなドライなっていうか、一歩間違うと殺伐としそうな二人が共闘路線に踏み出すのはエグゼブの陰謀が明らかになり始めてから。ウォルフガングがなにくれとなくジョーを助けるようになる。このあたり上手いなあ展開が…私、このように、最初は○○だったのに事件の積み重ねを経て関係性に変化が生じてくるというのはツボに来るので、46話のジョーとウォルフガング博士のやりとりは「うわ、かっちょいい!」と感動モードでした。
ついでに「孤独な若いモンと、親子ほども年齢差のある親父キャラの人間関係」もツボに来るもので、ジョーとウォルフガングは擬似親子的ではないけど、ウォルフガングとジョーの父親宍戸博士が知り合いで云々…てゆーのもあってこの二人面白いなあ。
脇役サイド、敵サイドでもこーゆー人間関係があるのはドラマ的に面白いですね。
次回は最終回でございます。たのしみ~
(オチは昔読んでしまったので知ってるんですけど(笑))

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ワークワーク感想

たいそうどうでもいい話なんですが、…こういうことを書くと「この人カーフに含みがあるよなあ、相変わらず」と思われそうなんですが(前科者だからなあ)

カーフ露出高いなあ。胸元だけじゃなくて太腿見せ付けてくれますよ。
というわけで今回はカーフのビジュアルの話です。

着物が似合うのはずん胴だ、と聞いたことがあります。
で、うちの母はちょこっと歌舞伎が好きで、その母から聞いたのですが、あんまり腰が高いのはいけないらしい。腰が高いと、かがみ込み気味にならなくてはいかんのだそうです。
でもって、首が長いのもイマイチだそうです。
大河ドラマの時宗の時に赤マフラー巻いてた人がいましたが、渡部篤郎は首が長いもので、赤マフラー巻いてないとちょっと着物に違和感があるそうです(お友達談)
(逆に詰襟系は、詰襟を着てなおかつ首が見えるくらいでないと首が詰まって見えるわけですが)

というわけで、着物が似合う体型というのは、首が長くなく、ずん胴で、腰も高くなく、足も長くなくてよろしい。ということのようなのです。
そう考えるとカーフは名前カタカナだけどジャパニーズ体型なのでしょうか?(あの世界の名前はみんなカタカナですがな)
なんとなく、そんな「足ながっ!」ってゆーふーにも見えないかな、と。みじかい~ってんでもないですが。
着物着て足あんまり長くて、着物つんつるてんだったらそりゃおかしいわけで(大河ドラマのとしまつ参照のこと)
首にナンか巻いてるのもフジリューキャラは首が長いから、赤マフラーのようになんか巻いてないと違和感があるってことですかい?

うあ、すげえどうでもいいことを…すいませんでした。
しかしカーフの着物お洒落だなあ。裏地に桜模様ですよ。しかも扉を見ると刺青すか?

さて、「カーフと着物」話だけで終わるのもなんですな。
というわけで本編ですが、ヨキ先生の駆るスプンタ・マンユとヨキ先生本人の肉体がどうなってるのかちょっと怖いす…しかしヨキ先生はますます美しくなっていきますな。あれホントに週刊で描いてるのか?って原稿ですけど。パソだとやりこんでしまうとも聞きましたが、大変そうです。
ヨキ先生がカーフに「乗り越えろ」って言ってるのはなんでしょうね。そのへん、カーフが願いを抱くに至ったなんらかの人物が登場するのかな?スプンタ・マンユ(であろうと思われるもの)は最初アルの姿で登場した、ということだと、相手に合わせて違う人間の形を取れるのでしょうか。

カーフは訳知りな様子なので、ヨキ先生の真の意図がもしあるのなら、そーゆーものも引きずり出してくれるでしょうか。次回楽しみですな。一方であっさりシオVSレオ戦は終わっちゃったわけですが。レオが持ってる神様の携帯…!(しつこい)
レオ⇒神様とかナシ?ちょっとそういうのも見たいです。

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