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ドルチェ・ヴィータの副題ってなんだったのだろうか

あったんだよねえ。「宝塚」って入れなきゃいけないからロマンチカとかつけただけだろーし。
それにしてもアプローズとキングダムの三人ショーを見て、「ああ、オギーは既に誰とも混ぜられない存在なのか…」とちょっと思いました。まー混ぜられんわな。

ドルチェ・ヴィータ青の洞窟場面。

海神は少女と出会う。二人はいつか、ただの男と少女として出会っていたのかも知れない二人。少女は荒れ狂う海に放り出され、海神の洞窟に身を横たえていた。彼女を見つめる男は海神そのひと。

少女は目覚め、海神は少女を見つめ、少女は弾かれたように踊り出す。生きている時でさえそんなに生命力に満ちあふれていたことはなかったのに。

…と、駄目だなあ荻田作品の投稿ってなんか入った文章になってしまいます。お見苦しいと思いますが、入ってる駄目な人が書いてます。うう。なんか陶酔気味だなあ。

シチュエーションとしてはエリザベートで黄泉の帝王トートが少女シシィを見初めるような趣があります。それにしてもわたるくん、船乗り男が似合いすぎと思っていましたが、なんでも似合うよな…あんなズルズルしたのも似合うんだもんな…

なんかまだ見足りない感じで補完できないなあ。マジで「うわ、後ろでこんなんやってるのか!」と思ったりして。こっちに目を奪われたら、ほんとにあっち側に目がいかなかった。びっくり。

中詰めの船の場面は正直、最初長いと思ったんですが(今でも長いのかも)慣れてきました。サテリコンが濃すぎるから普通でいいのかー!とも思ったりします。それにしても思い返すとバビロン、濃い場面ばっかじゃん。
パッサージュのキーアイテムが「硝子」、バビロンでは「砂」。硝子の向こう側に、紺碧の空と光が見えるからこそパッサージュの世界はあんなにも刹那的なのだろうか、とまた痛い入り方をしてしまいました。
もういいから痛い入り方をしようと思います。バビロンの話。バビロンは、男と女が巡り会いすれ違い遡っていくわけだけど、「男」は、どこにも居場所がない人なんだと思う。どこもここも、移りゆき消えていく世界であり、彼の居場所ではない。
何故か?彼は生きている人だから。バビロンで世界を彷徨う「男」は香寿たつき、実はあの地に足の着きすぎたっつーか端的にやり過ぎな芸風は、荻田ワールドに嵌りきるものではないと思う。いや、でも、もしかして、「男」が荻田ワールドにとっては微妙に異質者であるからこそ、バビロンでは「男」はあんなにも彷徨ったのではないでしょうか。

この世に生きている人は、あの世界の住民ではないので。「男」はあの世界に迷い込んでしまった存在なのかもしれない。
うっかりそんな解釈をしたこともあります。

そのうち荻田語りを~と思っていたのですが、凍てついた明日のビデオが、デッキが壊れた関係でびろびろになっちゃったよ~わーん。母上がWOWOW録画版を持っているはずなのですが。

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