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吉村昭を読んでみる

関東大震災(吉村昭・文春文庫)を、自治体の無料検診の待ち時間に読み終わってしまったので感想を…とか思ったら夕方に地震が来てしまいました。

吉村昭の歴史小説は結構好きです。地味っていうか地道な雰囲気もあるけど、やはりものすごく巧いなあ。すごく読ませる作家さんだと思います。これは、と思うのは、天候とか空気とか、もっと言うとやれ虫にさされて大変だとか足が冷たいとかそういうのも含めて、皮膚感覚に訴えるような描写で『その場』の臨場感を訴えるところです。というかそこが好き。地元に行って資料を探して取材されてくるそうですが。

『関東大震災』はドキュメンタリー系ですが、あとがきにこんなふうに書いてありました。
「私の両親は、東京で関東大震災に遭い、幼時から両親の体験談になじんだ。殊に私は、両親の口からもれる人心の混乱い戦慄した。そうした災害時の人間に対する恐怖感が、私に筆をとらせた最大の動機である。」(文庫346ページ)

なるほど、この人の作品ではほかに『ポーツマスの旗』(新潮文庫)で日露戦争講和後の日比谷での暴動が克明に描かれたりしています。一人ひとりがどうであるのか、ではなくて、『大衆』というかたまりになった時の怖さというものがここでも書かれているように思います。それだけだと「大衆って怖いモノなんだね」という方向だけ書いている?かっていうと、そうじゃなくて逆のモノもこの方は描写しているのです。(と、思う)


この方の著作で、ほかに『海の史劇』(新潮文庫)とか、『ニコライ遭難』(新潮文庫)というあたりの明治大正あたりにかかる維新後の日本について描かれたものを読んでみましたが、この方の描かれる世界では、明治大正の日本人は非常に優しく善良な存在です。(昔と比べて今がどう、ということを言うのではないのですが)吉村昭は明治大正時代の日本という国を扱うに当って、当時の日本人というものをそのように描写しています。それはきっと精力的な取材の結果そう描かれたのだと思います。

でもこの作家さんは、大勢の人が集まった時のエネルギーがこわい方向に向かった時のことも一方で描いているように思うのです。やっぱり取材の人だから、非常にディテール細かく描かれた描写です。混乱状態で人の間を噂がどのルートで伝播して伝わったかとかちゃんと描いてあるので、絵空事でなく怖い。

この方の著作は、なまじ静かで地道な筆致で描かれているだけに、普段ふつうに優しいはずの人たちが集まって生まれたエネルギーが他者を傷つける方向に向かった時の怖さというものが本当に怖く感じられるのです。

それであっても、やっぱりこの人が過去を見る目は優しいと思います。その時、その人たちはどう思ったか?過去、なにがあったかを誠実に捉えようとして地道に取材して、その時そこでなにが起ったのかを描いている。
この方の描く、ひとりひとりの町や村の人々は善良かつ良心的な存在であるのですが(だからこそなにかが外れた時の怖さもこの方は描いているわけで)、描いている吉村氏が良心的な方だからこうなるのだろうな、と。
地道でも地味でもおっけー!って人是非どうぞ。(いや巧いから読みやすいと思う…)あんまり網羅してませんが『ポーツマスの旗』がいまのところ一番好きです。あと『桜田門外ノ変』(新潮文庫上・下)かなあ。

つーかいきなり誉め倒しモードですよ!なにごとですか!
…だって好きなんだもん。

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Comments

 みなみさんには及びませんが、私も吉村昭先生の本をちょくちょく読んでいます。

 「関東大震災」は、(地震自体よりも)学者同士のプライドの戦いとか、盛者必衰の理のあたりに注目して読んでいたので、的外れな感想になってしまいそうなので控えます。
 行き届いた取材、資料の読み込みの深さと人物の内省と物語の展開の絡ませ方が、うまい!と思います。歴史小説家といわれる人でも、資料の説明だけで終わっていて、小説になっていない人もありますよね。男性作家の小説って、読みにくいかな?と思っていたのですが、吉村先生のは違うと思います。

 私が読んだのは「長英逃亡」「雪の花」「ふぉん・しいほるとの娘」ぐらいですが、他の作品も面白そうですね!
 折りをみて、読みたいと思います。

Posted by: のみすけ | May 27, 2005 at 05:55 PM

のみすけさん>
こちらにもコメントありがとうございます。
私も「まだこれも読もう」と思ってる作品がいっぱいです。
この人は本当に取材が行き届いていますよね。でも、ざかざか文字が羅列してあるだけじゃなくて、その場の情景をきちんと描き出すためにいろいろ調べているんだなあというのがわかって、そのあたりの誠実さが大好きです。

「関東大震災」、私も学者同士の争いのところは面白い!と思っておりましたよ。ノンフィクションということではあっても、どのような読み方でも構わないのではないでしょうか。それこそあの対立のドラマっぽさは物語としても面白いですし。
別に違うものを求めていたわけではないのに対立してしまった二人ですが、地震が起こったから起こるって警告したこっちの勝ち!というわけではないのですよね。
でも、もしかして「自分が勝った」と思ってしまった、のかもしれない。でもじつは全然勝ってなかった。最後のあたりの落胆した教授の姿を見ると、そのように思いました。

知り合いに聞いたら「高熱ずい道」(字が出なかった…新潮文庫です)とゆー黒三ダムの話がスゴいそうです。その人はホントに黒部まで行ってしまったそうですよ。


Posted by: みなみ | May 29, 2005 at 12:58 AM

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